2022年04月11日

シャドウ・イン・クラウド/馬鹿と煙は高いところへ

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オフィシャルサイト

※展開と結末に触れています

おそらくは字面でバイアスがかからないよう「いかり肩」と表記されるのが概ねだとして、クロエ・グレース・モレッツの場合、童顔といかり肩のアンバランスがチャームを生む一方でそれを持てあます居心地の悪さとなっている気もするわけで、近作でいえば『グレタ GRETA』の場合、モンスターを打ち倒すラストガールの役割をマイカ・モンローに奪われ彼女は撒き餌にとどまってしまうのがもどかしくもあったのだ。果たして監督のロザンヌ・リャンもそんな気持ちでいたのかどうかはともかくとして、だったら「いかり肩」は素直に「怒り肩」でいいではないかという一点突破が、球形銃塔から機内を経て不時着後は機外へと、とりまく空間を獲得するにつれアクションに火が点いていくモード(クロエ・グレース・モレッツ)の姿は次第に枷が外れていくクロエ・グレース・モレッツという俳優そのものに映ったわけで、グレムリンが彼女の元夫を始めとする腐ったマチズモの象徴としてあったのは言うまでもないにしろ、ウィル・スミス以来で人外をベアナックルで一心不乱にボコ殴りにする彼女の姿は、ついに獲得した解放の雄叫びをあげているようにも見えたのだ。ラストでモードが赤ちゃんに授乳するシーン、3人の男性乗組員がそれに対して軽口をたたいたりしないのはもちろん、どぎまぎしたり目をそらしたりすることもなくごく自然な行為としてハッピーエンドの光景として描かれていたこともとてもスマートに思えたし、エンパワーメントをテーマにしのばせつつ、モードを一番口汚く罵っていたドーン(ベネディクト・ウォール)に赤ん坊を救うという見せ場を与える定石をきちんと残したあたり監督のヴィジョンの明確さと地肩の強さ、そして垣間見えるジャンルへの偏愛に敬意を表しないわけにはいかないのだ。それがなければ83分の映画など撮れるはずがない。
posted by orr_dg at 17:52 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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