2022年03月29日

ナイトメア・アリー/この世界の穴ぐらで

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オフィシャルサイト

天賦ともいえる人たらしの才で、いつの間にか相手の懐に入りこんで信頼を手に入れては躊躇なくそれを利用しつつ、自らは誰一人として信頼を与えないことで非情と非道を操る術をストリートワイズとするスタントン・カーライル(ブラッドリー・クーパー)という男の、それでもある種の人間に時おり見せる損得抜きの共感が彼の内部のどこからやって来ていたのか、それは世界に流れ出すきっかけとなったある行いを実行した時に彼の中で宿った、おれはもうあらかたが死んだ人間なのだとあきらめてみることで希望や自尊の輪郭をもういちど夢見る試みだったのかもしれず、そうやって駆動した彼のピカレスクがついに息絶える瞬間、天啓のように彼を打つのは、自分はあの時に穴の中で一緒に死んだのではなかったかと記憶の扉を叩く音ではなかったか。これでようやくすべての呪いから解放されるという安堵とその先にある底なしの昏睡への微かな畏れがないまぜで押し寄せるスタンの表情に浮かぶのは、決定論と自由意思のあくなき闘争の果てに斃れる男がたどりつく仄明るい諦念の瞬間にも見て取れて、やがて顕れるだろう秘密の分身に本能を誘われたからこそスタンは野人に慈しみを示したのだろうし、リリス・リッター(ケイト・ブランシェット)はスタンの中に眠る分身を認めたからこそ、その暴発を自身の復讐に利用したように思ったのだ。精神的に無償の関係を他人に築けないスタンに「愛しているわ」と囁くことで揺さぶり瓦解させるリリスは自身の怪物性に自覚的な点で常にアドヴァンテージを保ちつつ、その診察室にたちこめる濃厚なメランコリーは彼女を襲った悲劇がファム・ファタールの怪物を生み出したことをうかがわせて、その恐ろしさは哀しみの背中にはりついてやってくる。精緻な細工が美しく施された青いガラス玉のような、それ自体は光が輝くことなくそこに世界を映すただそれだけのために磨き抜かれた、それゆえ世界のどこにも視点が合うことのないブラッドリー・クーパーの瞳を、何よりあのクロースアップのためにデル・トロは必要としたのだろうと、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のラストショットに磔られたロバート・デ・ニーロをいつしか想い出してみたりもしたのだった。珍しくも人間が人間を殺める陰惨な人死にを執拗に描くデル・トロは『クロノス』以来ではなかったかと、ブラッドリー・クーパーを殴り倒す盟友ロン・パールマンにうっすらと感傷を抱きつつ、これはデル・トロの原点回帰というよりは現在地の再確認。
posted by orr_dg at 21:26 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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