2022年03月15日

ザ・バットマン/A Portrait of the Vigilante as a Young Man

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オフィシャルサイト

ゴードン(ジェフリー・ライト)の手引きで取調室を脱出したバットマン(ロバート・パティンソン)が屋上に通じるドアをあけて飛び出すとそこはもう高層の縁で、眼下の遥かな高さと背後にせまる警官たちとの間で、あろうことかバットマンがほんの一瞬とはいえ顔色を変えてダイヴィングを逡巡するのだ。すぐさま意を決してウイングスーツを展開して摩天楼を滑空するも、その逡巡を御しきれないままあちこちに激突しながらの着地は不時着といってもいい無様なダメージを伴うものであったのだけれど、いまだ感情にまかせたまま何者にもなっていないピーキーなバットマンを抽出する瞬間として、しごく忘れがたいように思ったのだ。ここでのバットマンはバットスーツという戦闘服を着たブルース・ウェインに過ぎず、いかにしてバットマンが自身のペルソナを獲得していくのか、その彷徨をマット・リーヴスは倦怠と高揚のないまぜで追っていくわけで、かつて地獄巡りに焦がれる青春のLowがパッケージされては消費された時代のBGMとして引用されるニルヴァーナは、その時代をその気分で潜ったことのある者にとってララバイの響きすらあり、この物語を終始支配する窒息寸前のアドレッセンスの震えをそのままカート・コバーンの歌い出すキーとすることなど手癖のようにたやすく馴染みだったのだ。してみると、監督が課した使命はブルース・ウェインをカート・コバーンの道行きから引きはがすことに他ならず、いずれそこに行きつくにしろ『ダークナイト』のアンチテーゼとしてバットマン/ブルース・ウェインが己の使命を光の騎士としたラストに、マット・リーヴスはもう一つの新しい未来を夢想することすら許したように思えたし、となれば世界に対する負債の量と質とで生き死にが決まるノワールの足かせを監督が選んだことにも得心がいったのだ。かつて命取りになった高潔の刃を抜き身で忍ばせながらゴッサムの裏通りを徘徊するブルース・ウェインに、いつしか原作版「L.A.コンフィデンシャル」のエド・エクスリーを重ねた身としては、ダドリー・スミスをJOKERに善悪問答ではない世界の負債をめぐるノワールの攻防をハードエッジなゴッサムで繰り広げることを願ってやまずにいる。あのペンギン(コリン・ファレル)の眼差しは、既に死闘の予感に身震いを隠さない者のそれではなかったか。
posted by orr_dg at 16:13 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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