2021年11月16日

マリグナント 狂暴な悪夢/ワン、ジェームズ・ワン

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オフィシャルサイト

おまえがおまえである限りこの恐怖は続くのだとする実存ホラーの対極にあって、自らまき散らした恐怖の終わらせ方に誰よりも心を砕き世界の法則を取り戻して愛に包むジェームズ・ワンはいつも優しい。その愛こそが恐怖を生むのだというジェームズ・ワンのロマンチストは『死霊館』から一貫した通奏低音となって、ロレイン夫妻のオール・ユー・ニード・イズ・ラヴをたった一人で姉マディソン(アナベル・ウォーリス)に叫び続ける妹シドニー(マディー・ハッソン)の勇猛果敢をこそ衒いなく描くジェームズ・ワンに、どんなジャンルを借りようと最終的には愛についての映画を撮ってしまうスピルバーグの屹立を見たとすら言いきってしまいたい。トリッキーな俯瞰ショットのモダンと恐怖を増幅するアンサンブルとしての小中理論との融合でギアをファーストからセカンドへとゆるやかにシフトアップしつつ、中盤でヤング刑事(ケコア・ショウ)が遂行するいつ終わるともしれぬ執拗な追跡シーン(そういえば『狼の死刑宣告』でもケヴィン・ベーコンをサディスティックなまでに走り回らせていた)によって恐怖の正体をスクリーンのあちらとこちらで正式に共有して以降、瞬時にトップギアへとブチ込んで繰り広げる肉弾戦というよりは舞踏とすらいえる貫通と切断の残虐絵巻はジェームズ・ワンの集大成ともいうべき創造の奔流となって渦を巻き、しかしその最後をオフビートなギャグで締めてしまうそれは緊張と緩和というよりはいくばくかの照れに映ったりもしたわけで、その侘び寂びにも似た引き算の奥ゆかしさこそがジェームズ・ワンのホラーに恐怖の手触りを親密かつ、のっぴきならなく宿らせることをあらためて知らされることとなる。ここ数年、地べたにはりついた人間が繰り広げる実存ホラーの閉塞する水平移動に慣らされた目からすると、ジェームズ・ワンのデザインする上昇と下降の必然、ジャンプと転落による空間移動のスペクタクルは華麗かつ圧倒的にそびえ立ち、終盤のあるシーンに用意された突発的な落下が一瞬で空間的な伏線を繋げてしまう暴力的といってもいい回収はほとんどコントの体すらをなして思わずおかしな笑い声すらが漏れる始末で、実はこのアイディアからすべてが始まったんだよと言われたとしても激しくうなずくしかなかったのだ。ジェームズ・ワンには、ハリウッドの大作仕事の気晴らしでもアイディアの実験場でもかまわないからエクストリームな一発をこうして時々は届けて欲しいと切に願う。毎夜涙のかわりにじくじくと血で枕を濡らす女性の映画など他の誰にも撮れるわけがないのだ。そしてゾーイ・ベルにゾーイ・ベルとしか言いようのない登場をさせてゾーイ・ベルとしか言いようのない退場をさせてほくそ笑む映画も。
posted by orr_dg at 01:47 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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