2021年11月11日

エターナルズ/生きているからかなしいんだ

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オフィシャルサイト

※展開に触れています

かつてモノリスのような宇宙船で地球にやってきた人類の庇護者を自認する神々の代理人たちが、実のところ自分たちは生命が宿った存在ではない木偶だからこそ永遠であることを知り、地球と人類への愛おしさはともかく、自分たちを人間だと思い始めた木偶が仮初とはいえ自らの実在を形づくる過去とその記憶を守るためセレスティアルズによるグラウンドデザインの破壊を目指して立ち上がる、と捉えられかねない点でかなり危うい物語ではあったように思うのだ。それはエターナルズと光と影の鏡像をなすディヴィアンツの虐げられた悲しみを一顧だにすることもないどころか、むしろ忌まわしい記憶として封印するかのように殲滅するエゴの清々しさにも見て取れて、これが人間に焦がれた木偶の神々が人間らしく人間臭い生き方を模索する物語であればこそ、最低限の自我をエターナルズとかわす人間がカルーン(ハーリッシュ・パテル)の他はほぼ不在であるという歪さにもうなずけるのだ。だからこそ、エターナルズが人類に見出した美徳を自身に反映させる行動や感情には嘘いつわりがないわけで、“出現”を食い止めることよりは、忠実なセレスティアルズの木偶であるイカリス(リチャード・マッデン)をヒューマニティのもとへ転向させた瞬間こそがこの物語の到達点であったことは言うまでもない。“人類に見出した美徳を自身に反映させる行動や感情の嘘いつわりのなさ”を、剥きだされた地球の風景を背景にエターナルズに宿していくクロエ・ジャオは、それこそを求めたのだろうケヴィン・ファイギの期待に応えて十全ではあったものの、その密やかで細やかなうつろいがMCU的なスペクタクルとシームレスに同居する新しい文体が獲得できていたかといえばそれは既視感につかまっていささか鼻白むものであったのは正直なところだし、いかなるジャンルからフックアップした監督であっても一定以上のMCUクオリティを成立させてしまうパッケージシステムの功罪と限界は、DCが舵を切った破れかぶれの作家主義とはきわめて対照的に思えてそこに帝国の倦怠を感じないこともなかったのだ。それにしても、自らの呪われた運命を知ることで完全体へと近づいた瞬間、まるでそのためだけに存在したかのごとくセナ(アンジェリーナ・ジョリー)に瞬殺されるディヴィアンツのリーダーのなんという哀れよ。
posted by orr_dg at 02:53 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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