2021年10月07日

死霊館 悪魔のせいなら、無罪。/愛と幻想のエクソシスム

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オフィシャルサイト

ロレイン(ヴェラ・ファーミガ)とエド(パトリック・ウィルソン)のウォーレン夫妻にとって真の恐怖とは呪われた人形や悪魔や幽霊に生命を脅かされることではなく、自分ひとりを残して相手がこの世から去ってしまうことに他ならないにも関わらず、自分のこの力(ギフト)は絶望の淵に佇む人たちを救うために与えられたのだと確信するロレインのノンブレーキで疾走するノブレス・オブリージュ的な使命感と、それをいっさい押しとどめることなく必死の笑顔で併走するエドが繰り広げる命がけの婦唱夫随こそが死霊館ユニヴァースをハイカロリーで駆動するエンジンであることを、ここで今あらためて心高らかに宣言してみせている。これまでも夫妻はユニヴァースの欠かせない存在ではあったけれど、あくまでも怪異それ自体を主人公にそのサイドキック的な役割を担ってきたわけで、してみると既にオープニングからこの物語の責を負って夫妻が登場する今作は、例えば夫妻が出会ったなれそめのフラッシュバックなどパーソナルに迫る瞬間など垣間見せつつ、ロレインの能力が抱える両刃の剣としての危うさと、彼女の従者として我が身を省みずその切っ先に身を投げ出すエドの即死スレスレのコンビネーションこそをサスペンスの真っ赤な彩りに選んでいて、ジェームズ・ワンがマイケル・チャベスに託したこの新たな舵は、たとえばMCUが次第にアベンジャーズの物語へと収束していったようにウォーレン夫妻をユニヴァースの幹に据えるため、これまでのように怪異のキャラクターによって変化せざるを得ない話法を均す試みであったように思えたりもした。秘密は床下にあるとあたりをつけて、躊躇なくたおやかなブラウスとスカートのまま潜りこもうとするロレインに、そんなところに入ったら服を汚しちゃうよと心配げなエドを振り返り、だってあなたは心臓発作を起こしてステントを入れる手術をしたばかりでまだ歩くのにも杖をついてるでしょ?と言わんばかりの笑顔で、ちゃんと私のバッグを持っててちょうだいねとだけ言い残して四つん這いで暗闇に消えていくシーンのこまやなか愛情の溢れさせ方にワタシは頬がゆるんだし、CM出身の監督にしては抑制のきいたトーンを正当な手続きで積み重ねてレイヤーの色合いを決定していくマイケル・チャベスの正攻法(『ラ・ヨローナ〜泣く女〜』の愚直なまでの正面突破はジェームズ・ワンの与えた課題だったのかもしれない)は、人間様に軸足をおいた今作の重心を打つために必要な起用だったのだろう。もし今後、ウォーレン夫妻の活躍をより前面に打ち出していくのであれば、今作で密かに八面六臂であったドルー・トーマス(シャノン・クック)をよりアクロバティックに機能させてくれると心霊タスクフォースとしての痛快がいっそう増すのではないかと愉しみにしている。
posted by orr_dg at 20:48 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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