2021年06月18日

Mr.ノーバディ/殺るか殺られないか

nobody_03.jpg
オフィシャルサイト

「この素晴らしき世界/What A Wonderful World」が流れ始めた中盤、正直言って食傷気味なインサートだなあと思っていたら、普通なら最初の2つの有名なVerseで切り上げるところが、そのまま“空にかかった素敵な虹の色が、道行く人たちの顔にもあふれているよ”と始まるBridgeまでこの反戦歌は流れつづけ、それを歌うルイ・アームストロングの声を聴きながらカメラは虹ではなく真夜中の月を見上げてみせて、寄る辺なき修羅の世界を生き抜いてきたハッチ・マンセル(ボブ・オデンカーク)にとって美しい月明かりだけが彼の世界を照らしていたことをそっと告げた気がしたのだ。とはいえ、普通の幸福を手に入れて愛する人たちと普通の人生を過ごす日々は確かに愛おしいけれど、俺が一番上手く踊れるのは底抜けに気のふれた悪党を相手にした時なんだよと、次第にハッチの方こそがユリアン・クズネツォフ(アクレイセイ・セレブリャコフ)に執着していくその姿に見つかるのは、かつてウェットワークに手を汚した自身への悔恨というよりもそうした過去ゆえに陥る歪んだミッドライフ・クライシスを打破するためのスリルジャンキー的な渇望で、そうした狂気の徴があればこそハッチは暴力の理由としてのメランコリーに喰われることなく逃げ切ることが可能だったのだろうし、バスでひと暴れして帰って来た夜、なんだか昔を思い出さないかとささやくハッチの脇腹に開いたナイフの刺し傷を接着剤を使って慣れた手つきでふさぐベッカ(コニー・ニールセン)もまた、地に足のつかない過去の激情を内部に飼う人間であることをうかがわせて、そのまなざしは流血する世界を優しく寛容に見つめる術を知っているかのように見えたりもしたのだ。身も蓋もなく言ってしまえば一人の男のオーヴァーキルな気晴らしにすぎないこの話を、俺には血も涙もあるけれど、そうした叙情よりは暴力の叙事にこそ平等と品性をみつけてしまうのだと、洗練のガンさばきとハンドルさばきで血と涙を振り切るダンディズムのそれに書き換えてしらを切れるのはボブ・オデンカークの逆流するペーソスのノンシャランあってこそで、それゆえか、これがコメディであることをガイダンスする役割を負った父デビッド(クリストファー・ロイド)の造型を少しばかりうるさく感じてしまうのが悔やまれることとなって、あえてタイプキャストを外したマイケル・アイアンサイドの持ち腐れを考えると、この2人が入れ替わったキャスティングを思い浮かべてみたりもしてしまう。カーチェイスシーンでチョイスされるパット・べネターが、全力で叩き出されるイージーの真骨頂となって血が頭に沸き昇る。
posted by orr_dg at 20:18 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: