2021年06月08日

アメリカン・ユートピア/天国に行けないあなたに

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「リメイン・イン・ライト」リリース時に渋谷陽一が張った植民地主義的なかっぱらいの論陣をおよそ30年前のロッキングオン読者は懐かしく想い出しもするのだけれど、そもそもロックが黒人音楽からどれだけのかっぱらいを働いてきたのかを冷静に考えてみれば、どちらかといえば渋谷陽一の批判は運命共同体としてのバンド幻想、あくまで自分たちのバンドのギタリストやベーシスト、ドラマーが手に入れたグルーヴこそを掲げるべきで、そうやってロックは突破してきたのではないかという苛立ちだったことがうかがえるし、その後たどったバンドの足取りを知ってみれば、決して民主的な運営が為されていたわけではないトーキング・ヘッズというバンドの楽曲を、いまや無敵のコスモポリタンとしてのデヴィッド・バーンが歌い上げる姿に何周かした後の皮肉をうっすらと感じたりもしたのである。都市生活者の憂鬱をスノッブ上等と痙攣して自虐するポストモダンが、アメリカの囚われ人としての上着を脱ぎ棄てるために必要とした裸足のポストコロニアルが世界を巡って帰還したアメリカでユートピア幻想を歌うその足元に、それはもうお見事としかいいようがなかったのだ。そして唯一手持ちに欠けた時代性をスパイク・リーとジャネール・モネイにあけっぴろげで頼る屈託のない完璧な風通しにはぐうの音も出ないわけで、これはもう皮肉でもなんでもなく、周到かつ綿密な戦略で遂行しなおかつそうと悟られない闊達をまとうスマートの凄味にひれ伏したのは言うまでもない。しかし、デヴィッド・バーンとスパイク・リーの共犯がもっとも辛辣かつ容赦なく行われるのはそのラストで、デヴィッド・バーンを先頭に客席を練り歩く楽隊に歓声をあげる、けっしてたやすくは入手はできないであろうチケットを手に詰めかけた白人客たちの自分たちは完全にデヴィッド・バーンの側にいることを信じて疑わない多幸感に包まれた表情は(もちろんスクリーンのこちらのワタシとてそこに接続されている)、ジャネール・モネイのカヴァーである「hell you talmbout」演奏時にインサートされる犠牲者たちの遺影と悪趣味とすら言える残酷な対比をなしていて、今ぼくがキミたちを連れ出したこの場所この瞬間こそがアメリカン・ユートピアなんだよねと笑わない目でにこやかに踊るデヴィッド・バーンがハーメルンの笛吹にも見えたのだった。
posted by orr_dg at 23:24 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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