2021年05月22日

ブラインドスポッティング/ラストホワイトマン・イン・オークランド

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オフィシャルサイト ※wowow視聴

レイダース(=侵入者、掠奪者)と名乗るアメリカンフットボールチームを擁する街オークランドに進行するジェントリフィケーションを、その地に根付いていたコミュニティの破壊と主権の簒奪、すなわち植民地化の新たなヴァリエーションとしつつ、その蹂躙に対抗するアイデンティティーの先鋭化と暴力化を、土地っ子の黒人コリン(ダヴィード・ディグス)と白人マイルズ(ラファエル・カザル)を縦糸と横糸とすることで、その避けがたい怒りと哀しみをアメリカの普遍につづれ織っていく。しかし、その普遍にまだ幾ばくかの「正気」を嗅ぎ取れるのはこれが2018年時点での普遍だからで、生まれ育った街でありながら白人であるがゆえ“名誉ニガー”のそしりを振り払えないマイルズの苦悩ばかりか、黒人を射殺した白人警官(イーサン・エンブリー)の崩壊しつつある家庭と人生までも、ブラインドスポット=盲点という一面的な視点から自由になれないワタシたちの不幸の証として描くその「正気」こそは、2020年5月のフロイド氏殺害以降さらに一点突破の運動へと変質したBLMが手放すことを余儀なくされた在り方の大きな一つであったようにも思え、ジェントリフィケーションや銃とアイデンティティーが錯綜する世界はこの作品世界の2018年から引き続き有効であるにしろ、あの白人警官のサイドストーリーをもう一つの感情の余地として匂わす可能性と説得力を2021年において示すことの困難にこそ思いを馳せてしまう。拳銃を武器として携行する人間に訪れる自業自得とは決定的に異なる家庭内の誤射という悲劇がどのようにして起きるのか、それはこの物語の中で最も恐怖にみちた瞬間であったに違いなく、それまでオフビートなコメディとして刻まれたステップは突如オンビートでのめり気味にふらつき始め、もうそれまでの自分のまま生きていくことが不可能になったこと、すなわちアメリカで、そしてオークランドで生きていくことそれ自体が政治的でありそこから逃げることはできないと知ったコリンとマイルズに見つける希望と共感の、しかしそこに危うさと脆さが勝ってしまうのはこれを見ているワタシが2021年の住人だからなのだろう。この物語の先に接続されるTVシリーズではマイルズが投獄されるところから始まるらしい。
posted by orr_dg at 01:22 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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