2021年04月11日

水を抱く女/溺れたいのに

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オフィシャルサイト

冒頭、別れを切り出したヨハネス(ヤコブ・マッチェンツ)に「行っちゃだめ、あなたを殺すはめになる」と、脅すというよりは諭すようにウンディーネ(パウラ・ベーア)が告げたオープンカフェのテーブルをその数分後に隣の建物から見下ろすとき、彼女がそこで待つようにと言ったテーブルと一人そこに座るヨハネスはまるごと、先ほどよりも建物の壁際へと何食わぬ顔で移動していて、それではヨハネスの左側、すなわちウンディーネの右側から2人を捉えていたカメラはどこにいたのかと、ワタシの場合ここから位相がずれ始める。そんな風に運命のさざなみに気もそぞろなウンディーネのはずが、ガイドとしてベルリンの歴史をレクチャーする都市開発住宅局の見学者ツアーでは、“ベルリン”がかつて沼地であったことがその都市名の由来であることや、本来は西のはずれにあった王宮が都市エリアの発展に伴いいつしかそこが中心部となったこと、東ドイツ時代の都市計画とその建築物への濃密な共感の記憶などを、そこにいてすべて自分の目で視てきた者の感傷と郷愁の饒舌で繰り広げ、あなたを殺すと囁いたばかりの女が語るベルリンの都市論に、さらに位相がずれていくわけで、この後で起きるクリストフ(フランツ・ロゴフスキ)との出会いの時点で自分がどこにいるのか既に覚束なくなっている。人間の姿を借りた水の精ウンディーネは、クリストフとの出会いによって己の運命に倦んでいる自分を知り、最終的にはその運命に屈したとはいえ、束の間でもそれに抗ってみせた時間を新たな記憶に刻んだことを告げるのがあのラストであったということになるのだろうし、それはベルリンという未来に目を伏せ過去を継ぎ接ぎした歴史都市に憑いて離れることのできないウンディーネの、静かな諦念を揺らす希望のさざ波であったようにも思ったのだ。ウンディーネとクリストフが出会って以降の、水没したベルリンの水中に恋人たちを追うような重力と空間を曖昧に消失した酩酊はえら呼吸をする生き物のそれであった気もして、ヨハネスはそれに魅せられてしかし恐怖したのかもしれないと、最後には少しだけ彼の不憫を感じたりもした。水の中では何でも起こるのに視えない。
posted by orr_dg at 23:47 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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