2021年02月19日

すばらしき世界/空を見たかい

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オフィシャルサイト

※結末に触れています。

前科十犯、人生のおよそ半分ともいえる二十八年を刑務所で過ごしそこを生き抜いてきた男が、刑務所を出所してから一年もたたずして、撃たれたのでも斬られたのでも刺されたのでもなく、アパートの畳の上でひとり死んでしまうのだ。あの日、沸騰し逆流する血を脈打つ脳や心臓に抑えつけながら絞り出した「……似てますね」というその一言が、三上(役所広司)の時限爆弾にスイッチを入れたことをワタシたちは知っている。もし三上があの瞬間、見つめた裁ちばさみに誘われるがまま手に取っていたなら、その右手にコスモスではなく裁ちばさみを握りしめていたなら、三上の時限爆弾は解除されてあの夜を生きながらえただろうことを知っている。そして残りの人生をどこか刑務所の中で積み重ねただろうことを知っている。少なくともあの嵐の夜に、雨風が吹き込む畳の上で目を開いたままどこかへ消えてしまわなかっただろうことを知っている。三上はワタシたちに、ワタシたちの分身の津乃田(仲野太賀)や庄司勉(橋爪功)、庄司敦子(梶芽衣子)や松本良介(六角精児)に言われたとおり、全てに真っすぐ突っ込んでいくことをやめていい加減に、必要なこと以外は切り捨てて耳をふさいで逃げ、人生を損得勘定で生きようとしたあげく死んでしまったことを知っている。吉澤(長澤まさみ)が三上に言う、不寛容な社会にあって私たちははみ出た人間を許すことができずにいて、しかしそれを知りながら排除されるのが怖くて声を上げることをしないのだという言葉は、彼女がビジネスと打算の象徴のように描かれることもあり三上を丸め込む機嫌取りの甘言としてその場では響かせるのだけれど、結局は彼女の指摘した“ワタシたち”が三上を殺してしまったことをあのラストショットが告げていたように思うわけで、三上を自分たちの考える真人間へとけしかけた人たちが立ち尽くし座り込むアパート前のショットから上へ上へと向かうカメラが虚空を捉えた瞬間、そこに立ちのぼる「すばらしき世界」のタイトルにこめられた監督の皮肉を超えた悪意はこれまでになく直截かつ酷薄で、もはやこの世界にあっては自爆して立ち尽くす人間のセンチメントに普遍を彩ることは叶わないという自罰の徴にすら思えてしまったのだ。だからこそ、三上に対して彼の何者かを抜きに人間の言葉を話しかけたのがいったい誰だったか、リリーさん(桜木梨奈)、下稲葉マス子(キムラ緑子)、阿部(田村健太郎)、そして西尾久美子(安田成美)というそれぞれに抜き差しならない事情でレールを外れた人たちにしのばせたセリフとまなざしに、監督の置いた軸足の角度と重心が映し出されていたことは言うまでもないだろう。どのシーンにおいても三上を最後まで見届けて念を押し、余白でふっと切り上げて空気を抜かないショットは彼が囚われた世界の閉塞であった気もしたし、幾度となくインサートされる空のショットは放置され三上の視線と絡みつくことのないまま、マス子のいった娑婆の空はラストでようやく三上のその上へとやってきたのではなかったか。最初は遠くに霞む灰色のスカイツリーから、逃げるように福岡へ飛ぶ夜行便から見た東京タワーの他人事のようなきらめきをはさんで、最期の夜に久美子と繋がった電話で「死ぬわけにはいかんけん」と話す視線の先でやわらかく灯りのともったスカイツリーは、旭川でも福岡でもないその真ん中の東京に生きることを受け入れた三上に宿ったはかなくも確かな希望の光だったのだろうし、三上の脳裏を最期によぎったのが久美子の声とあの明かりであってくれたらと祈りながら、あんたみたいのが一番何も救わないのよ、と吉澤が津乃田を切り捨てた啖呵を思い出していた。
posted by orr_dg at 17:32 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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