2021年01月26日

パリの調香師 しあわせの香りを探して/友達以上友達未満

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オフィシャルサイト

折返しも過ぎて映画の体温にもなじんだあたり、いくつかの不発もあってジャンヌの誕生パーティーを中座したアンヌ(エマニュエル・ドゥヴォス)が突然ギヨーム(グレゴリー・モンテル)に「ホテルでも行く?」と声をかけ、はぁ?とギョームが振り返った瞬間、ワタシをふくんだ満員の客席は、いやここまできてそれはちょっといくらなんでもありえないだろう勘弁してくれと体温が引いたのか上がったのか、いずれにしろその直後にアンヌが「冗談に決まってるじゃないの、ほら、私が冗談を言っても誰も笑ってくれないのよ」と自らの朴念仁をさらっと自虐してみせた瞬間、小さな安堵の吐息がそれぞれのマスクをくぐった気がしたのだ。それくらい、ここに至るアンヌとギョームの関係には愛もセックスも、そもそもがそれを促す性差の手続きが清々しいほどに取り除かれていて、かつて栄光を手にした調香師と娘のために生活を立て直す必要に迫られた運転手が、互いの居場所からことさら上ったり下りたりすることなく、それぞれが自分の抱える問題を相手に委ねはじめる信頼と尊重の自然で親密な歩みよりがハイでもローでもなくコンテクストの鎖を静かで穏やかに解いていて、その神経戦こそがドラマなのだ!という昨今のトレンドへの成熟したカウンターにも思えたのだ。だからこそ、浮世離れしたアンヌと浮世をかき分けていくギョームが互いをあげつらい否定するのではなく、自分の知らないことに対して好奇心で心を開き、それを知る相手に敬意と新鮮なまなざしを抱いていく足取りは綿密かつ誠実に描かれねばならなかったし、そうやって生まれる互いへの慈しみがなじみのラブストーリーではなく新しい扉を開けていくライフストーリーを語り出す眼差しが、斜に構えるばかりの訳知り顔に思いがけず清冽に沁みたのだ。無償の血の証としての友情ではない、互いの人格を識ってそこに宿る灯りを好ましく感じ、それが消えてしまわないように思いやる気持ちをそう呼べるならこれは紛れもなくアンヌとギョームの友情の物語であって、コンテクストの鎧をまとって斬りつけ合うドラマの全盛において、この一点突破にはささやかなラディカルを感じたりもした。中盤までかなり念入りに描かれていた、ギョームにとっての幸福は娘の幸福と共にあるという彼のモチベーションはどこへ行き着いたのだろうかと思ったところで、そんな大事なことを忘れるはずがないだろうとばかり差し出されるラストにも爽快にしてやられる。ギョームと関わることで自分の偏りに苛立ったり開き直ったり悲しくなったりしながら、しかしそれに向き合うことを選んだジャンヌの密やかな冒険と、立ち止まって嗅ぐ香りに世界と自分の成り立ちがあることを知るギョームの穏やかな覚醒とを新しい色で塗り替えていく、主演2人のそぞろ歩きするアンサンブルに今よりは正気だった世界の記憶が香った気がして、どこまでワタシたちはあそこに帰れるのかと少しだけ気持ちが泳いだりもした。
posted by orr_dg at 17:30 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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