2020年01月05日

テッド・バンディ/おまえももう死んでいる

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オフィシャルサイト

テッド・バンディ(ザック・エフロン)による凶行の犠牲となった女性たちが過ごしたであろう地獄の時間を、何らかの理由で彼に生命を奪われることのなかった女性たちは、しかしその生がある限り、引き延ばされたその時間を永遠の囚われの中で過ごさねばならなかったのだろう。なぜ自分は殺されないのか、それはテッドが私の中に彼と同じうごめきを見つけたからなのか、一度でも彼を愛した私はすでに彼と同じ悪に違いないのか、そうやって破壊を逃れた肉体の内側で精神が喰われていく緩慢な殺人をワタシたちはリズ(リリー・コリンズ)を通して追体験することとなり、既にテッド・バンディの犯した罪を知るワタシたちに、いったんそのことは頭から追い出してテッド・バンディに見初められた者の曖昧な生き地獄を共に過ごすことを強要しては、カワート判事(ジョン・マルコヴィッチ)がテッドに「きみはとても聡明な若者だし、ならば優れた弁護士としてここで私の前に現れてくれていたらと思っている」という言葉をかけた瞬間が、テッド・バンディの悪魔のような二面性とその呪いを図らずも強化してしまいさえするのである。果たしてテッドはリズを愛していたのだろうかと言えば、そもそもワタシたちの言う愛などという代物がテッドのそれを解題できるわけなどなく、それよりはお前を殺さないでいることで他の女性たちをもっとよく殺せるんだ、とでもいう彼なりのバランサーだったのだろうとワタシは考えていて、リズとの最後の面会で彼がとったある行動によって足もとから瓦解したリズを見つめるテッドの、もしかしたらおれはもう一人の女性も破壊できないかもしれないから、お前のその表情を人生のデザートにさせてもらうよとでもいうその貌に「テッド・バンディ」という記号が刻まれて完成するのをようやく見た気がした。そうやって冤罪と闘うテッド・バンディという狂気を徹底する手続きをとることで、この映画はリズやキャロル(カヤ・スコデラリオ)といった言わばバンディ・ガールズとくくられてしまう女性たちを、騙される方が悪いのではなく騙す方が悪いに決まっているのだと正当な犠牲者として描き、彼女たちの冤罪を晴らすことを願ったようにも思うのである。欲望が感情のフィルターで濾過されることなく行動に決定され、理性をその道具と従えた人間の亜種テッド・バンディを実物の倍増しのチャームで演じたザック・エフロンがほとんどキャリアハイのきらめきをみせていて、まるで洗練された教育とマナーで調教された千葉真一のようだった。『ザ・バニシング −消失−』のレイモンはある意味でバンディのコピーキャットだったことに今さらながら気づく。
posted by orr_dg at 20:42 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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