2019年08月20日

HOT SUMMER NIGHTS ホット・サマー・ナイツ/幸せなら頰をたたこう

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オフィシャルサイト

※展開に触れています。可笑しくて可怪しい映画で、ティモシー・シャラメが嬉々として空っぽを演じます。

『ターミネーター2』が封切られフレディ・マーキュリーがこの世を去った年として1991年を名指しで呼び出しておきながら、CAN、リンダ・ロンシュタット、ゾンビーズ、スーサイド、デヴィッド・ボウイ、モダン・ラヴァーズ等々といった挿入曲は1991年のヒットチャートと無縁に散らかっていて、そもそもこの物語の語り手が誰なのかその素性と関わりが最後まで告げられないことを考えると、これら選曲は正体不明の語り手によるミックステープに過ぎないのではなかろうかと、デヴィッド・ボウイの選曲に関してはいささか食傷気味であったとはいえ、なかなか居心地のいいトラックリストによるそう遠くも近くもない過去への催眠効果はてきめんだったように思うのである。とはいえ、1991年に物語の舞台となるケープコッドを超大型のハリケーン・ボブが襲ったのは史実そのままで、してみるとこの物語は、地元ではいまだ語り継がれるハリケーンの年に起きたある殺人とその背景を名もない土地っ子が妄想を全開に幻視してみせたひと夏の顛末ということになるのではなかろうか。そう考えてみると、土地っ子のハンター(アレックス・ロー)やマッケイラ(マイカ・モンロー)の輪郭となる苦くて昏い屈託に比べ、よそからやって来た中途半端な通りすがりにすぎないダニエル(ティモシー・シャラメ)が空っぽなピカレスクでしかないのは、彼の役目が狂言回しに過ぎないことの顕れになる気もして、実際のところハンターにしろマッケイラにしろ、ダニエルと関わることで次第に内面は裏返ってキャラクターは奥行きを増し屈託を滴らせ始めるわけで、それとは対照的に父の喪失という餌を与えられながらそれに手を付ける素振りを一向に見せる気配のないダニエルは、倦怠した避暑地の底にたまった鬱屈に火を点けて破壊へのメランコリーをあぶり出す、いってみれば風の又三郎的な存在であったようにも思われたのだ。製作のタイミングからすると『君の名前で僕を呼んで』でのブレイクによってティモシー・シャラメをキャスティングしたわけではないようだし、その在り方のすべてが無邪気という邪(よこしま)でしかないダニエルという存在を、内省なしで主に視線の外し方と合わせ方および薄い胸となで肩によってデザインできる役者として彼をチョイスした慧眼は称賛されるべきだろう。到来したハリケーンが街を破壊したように、ダニエルが街にやってきたことで誰かが死に誰かが街を去ることで物語は収まりよく閉じられるのだけれど、映画のクライマックス自体はその少し前、ダニエルの正体が喝破され又三郎のマントが剥ぎ取られるシーンにあるわけで、それを執り行うシェップ(ウィリアム・フィクトナー)のあまりにもエレガントな緊張と緩和の乱射に見惚れるだけでワタシは料金のもとを取るどころかお釣りさえもらった気分だったのだ。伸るか反るかの大勝負に出たダニエルがドアをノックすると、開いたドアの先に立っているのはウィリアム・フィクトナーその人で、いつも相手の頭の上や横を見つめているようなその視線は先に相手の守護霊を殺しにかかっているようでもあり、「コーヒー呑むか?でも今の若いやつはコーヒーなんか呑まないよな、くくっ」と無精髭に寝起きの髪で小さく笑い、洗いざらしのターコイズブルーのTシャツにオレンジのショーツというノンシャランという名の虚無に身を包んで、よたよたとキッチンへコーヒーとドラッグを取りに行くその数十秒でああこれはダニエル血祭りだと思わせてしまうシナリオと演出のデザインが圧倒的で、しかもその後で事態はさらに圧倒的かつ悪魔的になり、詳細を書いてしまう野暮はしないけれどダニエルは生きながら殺されていくことになる。といった風に、これはティモシー・シャラメのとろけるようなナイーヴを溶かし込んだ「切なく、美しく、スリリングなひと夏の青春」というよりは、町いちばんの不良が死に、町いちばんの美人が町を出たその夏の裏側を、いつも遠くからあこがれの目でふたりを見ていたある土地っ子の少年が可能な想像力をすべてぶちこんで語り尽くす与太話とも言えるわけで、そのあたりの食えなさ加減はA24の面目躍如といったところだし、そのA24の信を得て自身のオリジナル脚本で長編デビューを果たしたイライジャ・バイナムという監督の名前をワタシはここに覚えたのであった。あそこでナメクジの話を持ち出せる書き手はそうそういないと思う。
posted by orr_dg at 00:28 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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