2019年05月03日

アベンジャーズ :エンドゲーム/史上最大の侵略 後編

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※もちろんネタバレしています

『エイジ・オブ・ウルトロン』を観た時に記した“いつの日か戦うことになるあの敵について考えてみた時、この先に綴られるのは獲得や奪還ではなく喪失の物語となることを覚悟せよと告げていたようにも思えて、例えばウルトラシリーズの最終回にあった仄暗い愉悦をこれからはあてにせざるを得ないのだろうかと、トニー・スタークの体現するロック魂、すなわち疲れた体に宿る昂揚した精神に依存してきたワタシとしては少々気が重いのも確かなのである”という文章そのままの着地だったことや、すべてのクレジットロールが過ぎた後でかすかに響く11年前のあの音が遊び続ける子供たちを家路につかせる5時の鐘にも聴こえたこともあって、悲しいとかいうよりは優しく鎮められた気もしたのである。かつて「自分は非常に無責任なシステムの一部だった」と自己批判したあげく、過去はなかったことにしよう、これからはオレがオレの責任においてコントロールする!と飛び立ったトニー・スタークの苦味に満ちたノンシャランが現実でも地獄巡りをしてきたロバート・ダウニーJrに重なった瞬間にこそ、『アイアンマン』が虚実の壁を破って誕生したことを思い出してみれば、この大団円でトニー・スタークが「私はアイアンマンだ」とあらためて宣言してみせて西の空に明けの明星が輝く頃に宇宙へ飛んでいく一つの光となったことで、トニー・スターク=ロバート・ダウニーJrのビルドゥングスロマンとしてのMCUが永遠に円環する神話になったのだろうと考えている。ワタシとしては、誰も彼もが『ダークナイト』のように責任をとるわけにもいかないのは当たり前だと『アイアンマン』が11年前にその呪いを解いてくれた時点でもう充分だったものだから、思えばずいぶんと遠くまで来てしまったものだなあという感慨もあって、鳴らされた5時の鐘を素直に聴くことができたのだろう。映画のラストシークエンスはキャプテン・アメリカのターンで終わったように見えるのだけれど、ベンチに座った老スティーヴのセリフに「トニー」と聞こえた気がしたので調べてみたところが、オリジナルのセリフ"After I put the stones back, I thought...Maybe I'll try some of that life Tony was telling me to get."(石を返した後で、トニーが言ってたみたいな人生を送ってみるのもいいんじゃないかと思ったんだ)から字幕では「トニーが言ってたみたいな」の部分がまったく抜け落ちていたことで、ワタシのように字幕(と多分吹替も)で観た場合スティーヴとトニーだけにつながる絆がふっと浮かび上がる瞬間を失ってしまうことになったのが、なんとも残念に思えてならなかったのだ。今後このシーンを観る時、とりわけトニーのビートニクを愛した観客は字幕を脳内で補完するのが必須となるだろう。今作で一番美しかったのはIMAXのスクリーンに大写しになったエンシェント・ワン(ティルダ・スウィントン)の超クロースアップで、その神々しさはほとんどスターチャイルドのようであったよ。
posted by orr_dg at 19:37 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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