2019年04月21日

マローボーン家の掟/想像する力を失ってはならない

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オフィシャルサイト

※ネタバレはしていませんが、観るならまっさらな状態でのぞむことを薦めます

語らないし語れないまま、思わせぶりというにはジャック(ジョージ・マッケイ)に顕れる傷や昏睡は彼をむしばむ一方で、本来であればそれを近くにいて見届けるはずのアリー(アニャ・テイラー=ジョイ)を差し置いて知らされ続けるワタシは、ジャックの苦痛に加えて彼女の分のそれまでも味わってしまっているものだから、ジャックをむしばみ続けるものの正体をついに知った時には、それが連れてきた考えうる最悪の絶望にも関わらず、ああこれでようやくジャックは(そしてワタシも)その苦痛から解放されるのだと、心かき乱されつつも安堵したのだ。それだけに、すべてを知ったアリーが彼女の苦痛を知る間もなく自身を立て直して事態を掌握し、勇猛果敢にアレを撃退する一連からの救済されたエピローグには、アニャ・テイラー=ジョイという女優の目と声と身のこなしに少しばかり縋り過ぎたのではないかという気もしてしまうわけで、その無償の愛が結びつけてしまう母性のジョーカー的な切り札がアリー自身の未来を閉じてしまうことはないのか、彼女の背景がいささか不足していることもあり(構造上アリーは蚊帳の外におかれ続けるとはいえ、彼女の場合の「親」と「家」が描かれることもない)、ある意味でジャックの役目をアリーが引き継ぐことを危惧してしまわないこともないのだ。このあたり、『永遠のこどもたち』におけるラウラの役割をジャックに背負わせたことにより、アリーの役割がクライマックスに向けて血が沸騰し逆流する展開の仕掛けにとどまった点で彼女の曖昧を誘ってしまったようにも思う。とはいえ、ワタシに関する限り『デビルズ・バックボーン』から始まった、失われた子どもたちによる闘争の物語としてその系譜を正面から受け継ぎつつ洗練された更新を果たした点で、すでにジャンルを超えて行ってしまったバヨナの、生を祝福するならば同じだけ死を想うことを忘れてはならない、という間(あわい)のヴィジョンをこのセルヒオ・G・サンチェスに継いでもらえればと思っている。
posted by orr_dg at 20:25 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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