2018年12月30日

シシリアン・ゴースト・ストーリー/あなたはもう死んでない人

sicilian_ghost_story_03.jpg
オフィシャルサイト

1993年6月、裁判官殺害容疑で逮捕されたシシリアン・マフィアのメンバー、サンティーノ・ディ・マッテオは暗殺の詳細を証言することで身分が保証される制度(アメリカにおける証人保護プログラム)の適用を申請し、その報復および証言の撤回を強要するためマフィアは彼の11歳の息子ジュゼッペを誘拐して拷問しつつ、陰惨な写真を送りつけるなどしながら779日間の監禁の後に彼を絞殺しその死体を酸で溶かして廃棄した。

ほとんど『悪の法則』である。ときおり人間がこうした行為の可能な生き物であることに理解が追いつかなくなることがあるのだけれど、その追いつかなさを埋めるために、この物語はマフィアが沈黙の支配をする世界に一人立ち向かい最期まであきらめようとしない一人の少女を事実に書き足すことで、大人たちの残酷で凄惨な謀略に弄ばれ命を散らされた少年へのレクイエムを、その強靭な想像力によって夢とうつつのあわいに溶かしては彼の魂を解放すべく奔走するのである。劇中でのジュゼッペ(ガエターノ・フェルナンデス)は初恋を知らせるため13歳に設定されていて、想いが通じたその日にジュゼッペが連れ去られてしまう少女ルナ(ユリア・イェドリコフスカ)は、世界のすべての不条理と不義に対し想像と空想、夢みる力を全身全霊で駆使しつつ闘いを挑んでいくこととなる。常識と非常識のがんじがらめで張りめぐらされた壁を突破するために彼女が緩めることをしないその想像力は、それを納めることで社会的なバランスを強いている人たちにとっては脅威となり、その力を狂気と置き換えることで柵から外へ出ないよう彼女の母でさえもが囲ってしまうのだ。実際のジュゼッペも、いつか誰かが自分を助け出してくれることを願いつつ、その誰かを夢想しては地獄のような日々をやり過ごしていたのではなかろうか。そしてルナはそうしたすべての願いと希望の結晶となって、いつしか遠くのどこかに囚われたジュゼッペに感応していくのだけれど、それが常に「水」を通して繋がっていくことの理由が明かされる終盤のあるシーンは、この映画が避けては通れない苛烈な真実を幻想と静謐のうちにしかし臆すところなく描き通していて、ワタシは瞬きを忘れてその一切を見つめるしかなかったのだ。波打ち際で新しい友だちやBFと笑い合うルナのずっと遠くで、豆粒のように小さなジュゼッペが気持ちよさそうに海に飛び込むラスト、解放されたのはジュゼッペの魂のみならず生き残っている人達でもあったことが浮かび上がってきて、想像力が現実の色合いを変えること、それこそが映画を撮る理由、映画を観る理由であることが謳われたように思うのである。パオロ・ソレンティーノ組のカメラでもあるルカ・ビガッツィがとらえる、透き通ったマジックリアリズムとでもいう儚くも生々しい映像が夢の純度を高めてなお忘れがたい。
posted by orr_dg at 15:26 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: