2018年09月15日

ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男〜俺を踊らせろ

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オフィシャルサイト

ブラウン管の中で悪態をつきまくるマッケンロー(シャイア・ラブーフ)に向けた婚約者マリアナ(ツヴァ・ノヴォトニー)の「彼は集中できてないみたいね」と言う言葉に「いや、できてる」とボルグ(スベリル・グドナソン)が返した直後、見事なサービスエースを叩き込んでみせたマッケンローにボルグはうっすらと幸せそうな顔をする。いまやコーチ(ステラン・スカルスガルド)にもフィアンセにも見せないその顔は、まるで幼い頃生き別れになった異母兄弟を見るかのような親愛と慈愛が滲んだようにも見えて、世界でたった1人このアメリカ人だけが、いま自分が見ている風景の幸福と絶望を理解できるにちがいないというかすかな希望が、テニスの呪いによって光も時間も奪われたボルグを照らしているように見えるのだ。ボルグは自分の爆発するマグマを封じ込めるために張った結界の中に生きていて、おそらくその呪文を教え唱えたのは彼のコーチなのだろうけれど、手段と目的が逆転しつつある彼の生活は綱渡りをするような緊張に蝕まれ、高層階のベランダから階下を見下ろして身体を浮かせるその姿は、あまりに意識の淵を覗きこみ過ぎたことで肉体の境界が曖昧になった人の静かな狂気をワンショットで捉えてみせることで、この映画はストーリーを語ることにあまり興味がないのだという不敵な宣言となっていて、デビュー作『アルマジロ』において“芝居がかった”と“まるで映画のようだ”の危うい境界で戦場を捉えた監督の手管はさらに巧妙かつエレガントになっている。実録を新たな神話へと書き換える幻視の語り部としてはすでにパブロ・ラライン(『ジャッキー』『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』)が一頭地を抜けている感があるけれど、ヤヌス・メッツの猛追によってこのジャンルが昏い目つきの才能たちで活況を呈することになれば、いつしか「ビリー・ザ・キッド全仕事」の映像化も果たされるのではなかろうかと見果てぬ夢に胸を弾ませている。
posted by orr_dg at 01:01 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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