2018年08月17日

オーシャンズ8/わたしたちは視つからない

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オフィシャルサイト

※内容にふれています

ハリウッドの顔見世興行的お祭り映画をそれらスタジオシステムとは一線を画し続けるソダーバーグが撮るというスカし方がいささか鼻についたのと、それでも何となく観てしまった時の、プロットはあえてザルなまま記号として脱構築してます的な無味無臭もあってまったくワタシは面白がれなかったものだから、そんな風に全体が悪い冗談のようなフランチャイズにいかなる勝算をもって挑んだのかそれなりにワタシは楽しみにしていたのだけれど、思ったよりも正攻法かつ生真面目なそれはゲイリー・ロスのいささか朴念仁な作家性の当たり前な反映で、なるほどすべてを真に受けてみることにしたのだなあと、製作にも名を連ねる主演女優サンドラ・ブロックの変わらぬいなたさにもなんとなく合点がいったのである。ロックンロールなケイト・ブランシェットを目で追っていればとりあえず事足りるにしろ、どうしてみたところで“女性版”という惹句から逃れられないのだとしたら、そんなノイズをかき消すようなグウの音も出ないタフでソリッドなケイパームーヴィーをモノにして欲しかったなあというのが正直なところで、例えば特殊な仕掛けをクリアしないと外せないはずのネックレスがなぜ走っているうちに落ちてしまったことを誰も怪しまないのか、そしてその発見者がなぜ誰からも疑われないのか、ハウダニットの根幹にも関わらずそれらイージーは少しばかり観客に甘え過ぎだろうと思ったのである。女優陣はみな、何だってやってやるつもりに映っていたことを思うと、60歳を超えたアルティザンの監督ではなく彼女たちと共闘できるクリエイターをなぜ選ぶことができなかったのか、あるいは選ばなかったのか、『チャーリーズ・エンジェル』でドリュー・バリモアがマックGをフックアップしたファンキーでスマートな目配せこそがこの映画には決定的に欠けていたように思うのだ。何だかもったいないことをしたなあという気持ちがずっとしている。
posted by orr_dg at 11:18 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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