2018年07月04日

オンリー・ザ・ブレイブ/燃える森の生活

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オフィシャルサイト

燃えるものがなくなれば火は消える、という真理というか事実というか取り決めというか、業火に対峙する男たちの内部にもそれは同じように適用されて、消したい者、消えない者、消してしまいたくない者たちはいずれにしろ火に支配されかつ魅了されている趣すらあり、妻アマンダ(ジェニファー・コネリー)が“消防士中毒!”と吐き捨てるエリック・マーシュ(ジョシュ・ブローリン)の場合、燃やすものがなくなる日々への畏れが火に向けた愛憎入りまじる忠誠を誓わせてもいるようにも思えるし、エリックはその美しさと怖ろしさを闇の中を火だるまで疾走する熊の記憶にうつして自身にとどめている。そうやって内部を喰われた者ゆえに可能なスペシャリティという点で『ハートロッカー』が頭をよぎったりもしたのだけれど、エリックが戻らずの河を渡ってしまわないよう頬を張り続けるアマンダの眼差しがこの作品の正気を象徴するだけに、ついにエリックが地に足をつけた瞬間に起こる無慈悲に向かっていささか紋切り型に崩れ落ちるアマンダの慟哭にも鼻白む隙などなかったように思うのだ。エリックが自身の過去を投影して手元に引き寄せたブレンダン・マクダノー(マイルズ・テラー)が、夫妻に対照するかのように、ある意味では子供の存在によって生かされたといえるのも酷薄な運命の仕業と言えるのだろう。劇中でどれだけ業火に巻かれようと不思議と熱さを感じることがないのは、ここに登場する人たちのふるまいひとつひとつがアメリカの根幹をなす自然思想とプラグマティズムの沈着な実践のようでもあったからで、人里離れた山の中で祈りのように軽口を叩き一心不乱の労働に明け暮れるグラニット・マウンテン・ホットショットの面々はどこかしら修道士のようにも思えたし、ピーター・バーグ的なアメリカン・イシューとはほど遠い地の塩的な原風景を見渡すような映画であったことに、どうにも虚を衝かれた。
posted by orr_dg at 17:30 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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