2018年06月26日

梅雨の晴れ間のケイジ祭り/「ダークサイド」「マッド・ダディ」

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ダークサイド

いつも通り益体のないケイジ映画を益体のない気分で観にきたつもりだったものだから、オープニングのクレジットにティム・ハンターの名前をみた瞬間、ん?え?本人?同姓同名?と思わずフガフガしてしまって、それならそれでそう言っておいてくれないと、だったらそういうつもりで観ちゃうけど知らないよと、とっさにギアを叩き込んでしまったのであった。というわけで以下、現場では本人確認の確証を得ないまま(結局本人)、ティム“リバース・エッジ”ハンターの監督作品として観た繰り言になるのだけれど、まず言ってしまうと、どうしてこの題材が主戦場をTVに移して久しい基本クソマジメな齢70の老監督に持ち込まれたのか若干理解に苦しむわけで、おそらくは脚本家のインスパイア元であろうゲイ・タリーズ「覗く モーテル 観察日誌」という大ネタを大ネタとしてまったく生かし切れていないのが何よりも致命的だったように思うのである。実際のところフーダニットについてはプロットも結末もまったく妙味がないわけで、ワタシとしてはというよりも益体のないすべての観客にとって、屋根裏の散歩者よろしく冥府魔道のピーピングトムと化していくケイジを三時のお茶よろしく嗜みながら、うっすら笑って小さくため息をつくことさえできれば誰もが幸せであったのは言うまでもない。だからこそ、あのシーンでケイジは夢精していなければならなかったわけで、一体何を言っているのか意味がわからないかもしれないけれど、それはご覧になった方であれば瞭然のはずで、何よりこの映画に必要だったのは妻の目から隠れてこそこそと自分のパンツを洗うケイジのポエジーとペーソスだったに違いないのである。フェラーラ版『バッド・ルーテナント』がいまだハーヴェイ・カイテルのアレに紐づけされるように、何よりその点でケイジ史に燦然と名を残すチャンスを逃したのが悔やまれてならない。



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マッド・ダディ

“MOM AND DAD”という原題からうかがえるとおり『ザ・チャイルド』の反転ではあるのだけれど、親が殺意を抱くのは我が子に限られるという点でいろいろな象徴性やらメタファーやらを投影しやすくなっているとってつけた思索感がいい塩梅にペラッペラだし、ケイジ安定のキレ芸も出し惜しみなく開陳される上に、ネタ切れになったらとっとと逃げ出すスマートな分のわきまえ方は85分という上映時間にも明らかで、ケイジ映画としての表面張力に特化した潔さというかヤケクソは称賛されるべきだろう。さすがに子殺しのシーンは基本的に直截的なカットを回り込んでしまっていることもあって、そちらからの新たな切り崩しを期待するといささか拍子抜けするかもしれないけれど、、ニコラス・ケイジvsランス・ヘンリクセンという血闘がそれを補ってあまりあるのは言うまでもない。ミッドライフ・クライシスに内部を喰われたケイジが地下室のビリヤード台をめぐって心情をデストロイに吐き出すシーンの焼身するような演技に、オスカー俳優の演技派レイヤーが透けて見えたりもして、他の追随を一方的に拒絶する漂泊のキャリアに思いを馳せたりもしたのだった。
posted by orr_dg at 20:43 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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