2018年06月20日

30年後の同窓会/生きのびたやつらはだいたい友だち

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自由の国アメリカを守ろうと身を投じた軍隊の、ならば自由への殉教者になれとばかり戒律のごとき軍規をふりかざす不条理やら矛盾やらを笑い飛ばしつつ、いつしか運命の涙がにじんでくる『さらば冬のかもめ』で描かれたアメリカの敗残兵を、しかし彼らこそがこの国の光と影を知る者ではあるまいかと、反戦ではあるけれど厭戦で睨め付けることをしない眼差しで、家に帰る彼らにそっと肩でも貸すかのようにリンクレイターは道行きを均していく。戦場で生命を奪った者は永遠に変質してしまい、かつて居た自分の場所に戻ろうとしてもそれは許されないことがどの兵士にも後出しで伝えられるものだから、生き残ったものは生き残れなかった者の分まで途方に暮れることを求められて身も心もすり減らしてしまうのだろうし、その感覚を共有できるのはやはり居場所を弾かれた者でしかないという「疎外感」こそは『スラッカー』からずっとリンクレイターが陰に陽に変奏してきた感覚に他ならず、それはおそらくアメリカという国の曖昧で茫漠とした広がりに脅える強迫観念的な帰属意識の副作用ということになるのだろう。『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』もこれもそうした内部の自家中毒こそがアメリカの原風景であることを告げるに他ならず、笑おうが唇をかみしめようが絶対値としては同じ数値を叩き出しているにちがいない。前作(とあえていう)では疎外された自分を知っていくことでメドウズはその逆へ走っていこうとしたのだけれど、今作ではワシントン(J・クィントン・ジョンソン)がこの3人と出会うことで自分に巣食う疎外感を飼いならす術を獲得していくサイドストーリーを成立させてもいる。ドクの息子ラリー・Jrと同じ部隊だったワシントンまでもがなぜイラクから帰国しているのかと言えば、それはラリー・Jrの最期を看取ることになった場所で大勢の民間人をも撃ち殺してしまった彼の精神的なメンテナンスの意味合いがあったのだろう。この旅においてワシントンは物言わぬラリー・Jrのある意味よりしろであったと言ってもよく、ラリーの家に泊まったワシントンが家の中に飾られたラリー・Jrの写真を見つめる時に彼もそのことに気づいていたように思うし、それによってはからずも、バグダッドで昏倒したワシントンの魂を寛解する旅となったようにも思うのである。ドク(スティーヴ・カレル)が懲役をくらう羽目になった30年前のベトナムでの出来事は最後まで詳細が語られることはないまま、その事件で命を落としたらしいハイタワーという兵士の母親をドクとサル(ブライアン・クランストン)、ミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)の3人が訪ねるシーンがあるのだけれど、その出来事の詳細をあえて曖昧なままにしていることもあってか、名誉の戦死という欺瞞をドクの息子ラリー・Jrの死につきつけた勢いを借りてドクの重荷を解くと共に自分たちの贖罪をもなしてしまおうという風に映ってしまう点で、いささかこのエピソードの据わりが悪いように思ってしまうし、ラリー・Jrの時には死の真相を明かすことに抵抗したミューラーがここではサルの思いつきにあっさり乗ってしまうことや、そもそも母親を訪ねドアを叩くに際し彼らの間にドクを含め何の躊躇も悶着もなかったのはリンクレイターらしからぬ急ぎ足にも思えた。メドウズが盗んだ40ドルは軍隊の募金箱から盗んだ金だったけれど、この旅の費用は(おそらくは携帯の代金もふくめ)ドクのために軍の同僚が集めた募金で賄われていて、メドウズのささやかなリターンマッチにもなっている。
posted by orr_dg at 17:39 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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