2018年05月11日

アイ、トーニャ/同情するなら点をくれ

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オフィシャルサイト

もちろんナンシー・ケリガン襲撃事件もリレハンメルでの涙のアピールも憶えているのだけれど、ライバルを襲って潰すとかマンガみたいな騒ぎを起こしたわりには8位入賞とか往生際の悪いどっちつかずのオチだったなあと思ったのを憶えている。そんなこんなでこの映画は、まちがいなく天賦の才を与えられたトーニャ・ハーディングというフィギュアスケーターが(もし彼女がナンシー・ケリガンと同じトレーニング環境にいたらメダルなど朝飯前だったのだろうか)、どういうわけであんな凡庸なラストを迎えることになったのか、ここはひとつ腰を据えてトーニャ(マーゴット・ロビー)の言い分を聞いてみようや、と言っているわけで、それはすなわち、まあアタシは悪い星の下に生まれたっていうただそれだけ、とことさら悪びれることもないトーニャの笑うその悪い星を描くことに他ならず、何よりアメリカは、アメリカンドリームを夢見る人間と夢見る必要のない人間にあらかじめ分別される国で、アメリカンドリームを照らすために例の悪い星の輝きが欠かせないことを、ホワイト・トラッシュの希望たるトーニャを狂言回しにファンキーな自虐と諧謔のスピンでリアリティショーの狂躁をダンスしていく。しかしこの映画がルサンチマンと自己憐憫の自家中毒を起こすどころかピカレスクの痛快に転じているのは、あたしにとって良い風が吹いてないのは知ってるけど、とにかく私はやるべきことをできる限りやってやるのだというピューリタンの労働倫理にも似たあらぬ方向への猪突猛進が清々しくもあるからで、競技会の後で審査員を呼び止めて「あなたたちがあたしを嫌いなのは知ってるけど、スケートをどれだけ上手くやってもダメなのはどうして?」と自分を抑えて行儀良く穏やかにたずねるトーニャの健気に対するあまりにも残酷な答えは、家族の愛やら絆やら知るはずがないトーニャにオールアメリカンファミリーの一員を演じることを求めてくるわけで、にも関わらず彼女なりに知恵をめぐらしては母親をたずねて家族の真似事をしてみたあげく当然のように自爆するその姿には、実は自己評価の低さゆえ世界を盲信してしまう者のピュアネスが痛々しくもあるほどで、ではいったい何を信じているのかと言えば、それは彼女を足蹴にし続けるアメリカなるものに他ならないのが何とも切ないペーソスを湛えてしまうところではあるわけで、暴力をふるい続ける夫ジェフ(セバスチャン・スタン)との共依存と重なるその二重性に納得したりもするのである。母ラヴォナ(アリソン・ジャニ)と夫ジェフについては人でなしの目盛りで測れるにしろ、何より笑いと驚きが止まらないのがショーン(ポール・ウォルター・ハウザー)であって、実質的な事件の首謀者でありながらいくら何でもこのキャラクター造型は底が抜けすぎだろうと思われることをあらかじめ察したのか、ショーン・エッカート本人にインタビューした当時の映像がインサートされているのだけれど、そこに居るのはまさに劇中で演出されたショーンと一言一句違わないサイレント・サイコパスだったわけで、さすがアメリカではこのクラスが野放しになっているのかとあらためて感銘を受けたのだった。そんな面々に交じってなかなかに忘れがたいのがコーチのダイアン(ジュリアンヌ・ニコルソン)で、白木葉子の側(がわ)に丹下段平を潜ませた彼女はあくまでトーニャのスケートにのみ共感を示していて、トーニャを取り巻く人間の中で唯一のプロフェッショナルなわけである。そうしてみると、アメリカのイノセンスというのはアマチュアの奔放と無責任の裏返しとでも言えるわけで、プロフェッショナルとは自制と責任を自らに課す挟持を備えることでイノセンスを喪失した先にある精神なのだろう。それはすなわち、前述したアメリカン・ドリームを夢見る人間と夢見る必要のない人間の違いでもあって、アメリカン・ドリームはアマチュアが見る夢なのだと考えてみると今のアメリカでむき出されている感情の説明になるのではなかろうか。しかしアメリカをアメリカたらしめているのはその永遠のアマチュアリズムゆえであるというアンビヴァレンツが社会と文化を更新するダイナミズムとなっているのは言うまでなく、だからこそその分水嶺を滑落していくトーニャを同情ではなく敬意をもって描くことを監督は努めたように思うわけで、たった一人、泣き顔を笑い顔へと作り変えていくメイクアップのシーンこそがトーニャの言う”that's the fucking truth!”であったのは間違いないはずである。監督はそう撮っている。
posted by orr_dg at 20:04 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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