2018年05月03日

アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー/おまえがいないと宇宙が広い

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オフィシャルサイト

※ネタバレあり

ガモーラに引き金を引いたスターロードに「気に入ったよ」とつぶやいて去っていくサノスは重篤な自己犠牲の虜と化していて、それがタイタンの失敗によるものなのかあらかじめ狂っていたのかは明らかにされないものの、ヒーローをヒーローたらしめる自己犠牲の呪いでスイングするアベンジャーズは、まさにそれゆえサノスの飼う自己犠牲の狂気に喉元を屠られ一敗地に塗れることになる。知識に呪われた男としてサノスがスタークに示す共感は、かつてサノスも世界の困難を知識で解決できると信じていたことによるものなのか、すべての理想が潰えた急進的リベラルがニヒリズムを経て暴力的でアナーキーな実践に至る姿には自罰的といってもいい過剰な自己犠牲への渇望が溢れ出し、「誰よりも今のお前を理解できるのは私だ」とヴィジョンを失わせたワンダを慰めては当たり前のように「あなたにわかるわけがない」と吐き捨てられはするものの、いやそれが彼には分かっているんだよと知らずワタシはお節介をしてしまうのだ。一つの生命を生かすために一つの生命が失われるサノスの言う完璧な調和の下での自己犠牲の、その失われる生命を少しでも減らすための営為が文明であるのは言うまでもないにしろ、その収束に抗い続けることの疲労と倦怠が、何かを得るためには何かを差し出さなければならないという自己責任へと自己犠牲を拡大解釈していくのも裂けられぬ営為であることをワタシたちは身に沁みているわけで、そうやってサノスに抱いてしまう昏いシンパシーの危うさを次作でどう鎮めてみせるのか、避けるわけにはいかない新たな責任をアベンジャーズは抱え込んだようにも思うのである。誰も彼もが「ダークナイト」のように責任をとるわけにはいかないのだよと大空に飛び立ったトニー・スタークのポップな遁走から10年目、宇宙の果てで途方に暮れるその姿が一瞬胸をついたりはするものの、この10年間それを食って過ごしてきたワタシは、因果は巡るよどこまでもと鼻歌まじりでその肩をたたいては、いつか社長もサノスのように笑える日が来るさと慰めてみるのであった。すべての登場人物に理由と必然を与え、なおかつそれを彼方へと燃やすシナリオと演出の精密さには舌を巻きっぱなしなのだけれど、それはひとえに、言わずもがなと言わずと知れた、皆まで言うな、によって何をどこまで刈り込んで削ぎ落とすことが可能なのか、その見極めにかかっていたとも言えるわけで、何よりそれを可能にしているのは観客との信頼関係および共犯関係であって、DCに決定的に欠けているのがそこに成立する視点であることにも気づかされるのである。とは言え、ファイギこそがその視点に他ならない点においてDCにとっては永遠のないものねだりであることには違いないのだけれど。
posted by orr_dg at 03:20 | Comment(1) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
裂けられぬ営為 > 避けられぬ でしょうか
Posted by テスト at 2018年05月25日 15:23
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