2017年04月16日

ゴースト・イン・ザ・シェル/プリティ・イン・サイバーパンク

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オフィシャルサイト

仏作って魂入れず、ということわざを ”No Ghost in the Shell” とでも訳してみたくなったのである。ガブリエルという名のバセットハウンドまで登場させる押井版への愛情を隠さずにおく一方で、意識と肉体の境界をさすらう草薙素子のハードボイルドを根こそぎにしては、わたしは誰?という問いかけを、サイバーパンクという概念とは不可分の認識論としてではなくアムネジアックに解題しては大胆かつ無邪気かつ脳天気に消費してしまう臆面のなさに、何だかいろいろと遠いところに来てしまったなあと、小さくため息などついてみたりもしたのだ。わざわざ人形遣いをクゼという名前に書きかえてまで語られる失われた恋人たちのロマンスには既に衒学の香りもなく、これを『ロボコップ』のアップデートと見切るタイミングを失した時点でワタシの負けということになるのだろう。ホログラムの未来、無国籍風アジアのジャンク、ネオシティの憂鬱といったフューチャリスティックなはずの背景にノスタルジーすら感じてしまう錯綜も押井版GITS(1995年)が既に20年以上前のメルクマールであることを思えば特に不思議なわけではないのだけれど、むしろ問題は同じ年に討ち死にした『JM』のハリボテのサイバーパンクまでもが、ビートたけしの機能不全とあわせて香ってしまうことにあるのではなかろうか。今の時代であれば、無双の改造者率いるタスクフォースものとして『シヴィル・ウォー』という恰好のモデルを寝取るべきだろう。ロマンスならロマンスでバトーをトライアングルに加えてやればいいものを、「素子ぉぉ」要素のないバトーがこれほどの木偶に映るとは思いもよらず残酷であった。
posted by orr_dg at 22:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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