2017年03月21日

おとなの事情/月がとっても黒いから

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オフィシャルサイト

※若干展開に触れているので、鑑賞予定の方スルー推奨

結局のところ夫婦や恋人にしたところが赤の他人(原題 "PERFETTI SCONOSCIUTI" )であって、自分が見せたい自分という幻想の共有が可能な相手として互いにフィットしたにすぎないわけで、ならばその幻想が隠す部分をことさら取りざたしないのがその関係性においてはフェアなはずだし、より広義にワタシたちを社会的な動物としてとらえた場合、その隠された部分=プライバシーとして尊重されるべきなのは今さら言うまでもないから、わたしたちに秘密なんてないでしょ?と言って開始されるゲームそのものが既に掟破りでフェアではないのである。そもそもエヴァ(カシア・スムートニアック)は、ある事情により自分の身の安全が保証されていることもあって、なかなか隙きを見せない夫への苛立ちからそのゲームを言い出したにすぎず、SNSなりスマホなりがもたらしたパラダイムシフトに否応なく巻き込まれていく人々の悲劇というわけでもないのである。観る前はそれなりにグサッと刺さって自分の返り血を浴びることになるのかなと少々ビクついていたりもしたのだけれど、デジタルデヴァイスの暴力性をトピカルに描くことが監督の目的ではないことはラストのオチで明らかなのと同時に、前述した幻想と秘密の保持の上に人間の尊厳が成り立っていることを告げているし、彼や彼女の秘密を知っていくことでそれが例えろくでなしの所業だったとしても、96分を経た最後にはそれぞれに人間としての奥行きというか陰影がより滲んだようにすら思ったのである。ただ、引きずり出される秘密と嘘の数々にあって、ペッペ(ジュゼッペ・バッティストン)の場合はそれが本来隠すいわれのないことである点で異質であり、そのことをきっかけに始まるレレ(ヴァレリオ・マスタンドレア)とコジモ(エドアルド・レオ)の衝突によって、差別とは個人の尊厳を剥奪して記号化していく作業に他ならないことをきちんと線を引いて伝えているあたり、伏線としての厚み以前に監督がどうしても言っておきたいことだったのだろうと考えたりもした。このシークエンスに限ったことではないのだけれど自分たちの始めたゲームが実はロシアン・ルーレットであったことに気づいていくことで、オフビートコメディがほとんどソリッドシチュエーションスリラーの様相を呈していく舵取りに終盤の客席ではすでにくすりとも笑いが起きなくなっていたのだけれど、なるほどそういうわけで月食の夜なのかという仕掛けの他愛のなさには救われた気もしたのだった。おそらく今後あちこちでこのリメイクが作られるだろうけれど、例の差別問題がシビアな国ほどツイストが効果てきめんとなるのはなんとも皮肉に思える。
posted by orr_dg at 16:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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