2017年03月05日

アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発/THEY LIVE WE SLEEP

experimenter_01.jpg
オフィシャルサイト

そんなものがあるのかどうかはともかく、ミルグラム基金がお金を出してミルグラム記念館で上映するために撮らせた「実験者:ザ・ライズ・アンド・フォール・オブ・スタンレー・ミルグラム」とでもいうある種の教育映画で、それは開始早々にミルグラム博士(ピーター・サースガード)がこちらを向いて第四の壁を越えてくることや、彼をこの仮説に向かわせたであろうオブセッションや、当時としてはスキャンダラスな実験成果への反発など、紆余曲折も至極淡々と語られる真顔の有無を言わせぬというかとりつく島のなさというか、まるで視聴覚教室で講義を受けているような98分間だったのである。先ほど使った教育映画という言葉には、分かり切ったことをあらためて言われる説教臭さもあるわけで、当時の疑うことなく善きものを拠り所とする世界からその善性という共同幻想を引っぺがす、その仮説も実験も結果もそのいずれもが反逆と背信のふるまいとされたことはハンナ・アーレントの例に漏れず理解できるのだけれど、それが何のひっかかりもなく素通りしてしまう気がするのは、既にワタシたちが毎朝目覚めるこの世界がミルグラム実験の実験室にほかならず、その世界を見渡してみれば、ワタシたちはみな言われなくてもスイッチを入れる存在であることが言わずもがなの正論に思えるからなのだろう。だからこそ、せめてできるだけスイッチを入れられないような手続きやルールを持ち寄って自分たちを縛りあげてきたはずが、もうそういうのは面倒くさいからいいやと欲望や本能の規制を解除する、すなわち平山夢明言うところの“「面倒くささ」っていうのは狂気の孵卵器、つまり面倒くさがってると狂うんですよ”が正式に発現した真っ只中に今のワタシ達はいるわけで、最近はもう、それが行くところまで行って自爆するのを待つしかない気すらしているのだ。ウィノナ・ライダーは、一歩踏み外せば神経の暗闇に転落しそうな剥き出しがいしだあゆみのようでおそろしい。そして何より、ジョン・レグイザモはじめ、アンソニー・エドワーズ(グリーン先生)やエドアルド・バレリーニ(『ディナー・ラッシュ』の若きシェフ)といった懐かしい顔のカメオがにぎわうのはともかく、日本におけるスクリーン上の新作としてはアントン・イェルチンのラストショットとしても記憶しておかねばならないだろう。ほんとうにバイバイ、アントン。それにしても「アイヒマンの後継者」はないだろう、いくらなんでも。
posted by orr_dg at 00:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/447564530
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック