2014年06月22日

ボラード病/吉村 萬壱

4163900799ボラード病
吉村 萬壱
文藝春秋 2014-06-11

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どう書いても何かにつかまって分かったような口調になってしまうであろう舌足らずが悔しくて仕方がないのだけれど、何か言わずにはおれないのでかまわず言ってしまう。今いろいろとお前らがそうなのは、お前らが望んでそうなったのだ、私は元からただそこに在りさえすればよかったのだけれど、それをかっぱらったお前らがさも自分達の手柄のように振る舞うだけでは飽きたらず、私の世界とお前らのでたらめな世界のせめぎ合いこそが生きているということなのだという更に救いがたいでたらめを吹聴したあげく、せめぎ合いがすり減らした隙間にわらわらと落ちていくお前らは私を恨めしげに見あげながら、でもその隙間が広がる一方なのを止める術を知らないお前らは、お前らが落ちていくことの罪を私になすりつけることで隙間すらも世界の一部なのだとついには言い始めた。ならば私もお前らに言ってもかまわないだろう。お前ら全員隙間に落ちて死んでしまえ。お前らは私がいないとどうしていいかわからないのを私は知っているけれど、私はお前らがいなくてもこれっぽっちも困りはしないのだ。だからお前ら全員隙間に落ちて死んでしまえ。吉村萬壱は、この「私」を大栗恭子に仮託することを「私」に許可されてこれを書いたのである。世界の「原型」を、漏れだしたある物質によって汚染された世界が生んだ奇形と病気と変質に仮託することを許可されたのである。プロトタイプである以上それがあてはまるのであればどんな事例を頭に浮かべようと勝手だし、少し前にはそれを「凡庸な悪」と名付けた秀逸な事例もあったけれど、2014年のこの国に生きているワタシたちはそちらを手繰るのが一番手っ取り早いように思っている。ワタシ達はずっと落ち続けているのにまだ何だか生きているし、そして大栗恭子はそういうワタシ達を臆病者と罵倒するのだ。生みの親に死んでしまえと言われているのに生きている臆病者のことであり、吉村萬壱は、静かで無表情に逃げ道を塞ぎながら臆病者を隙間へと追い立てて、早く絶望しろよと告げている。
posted by orr_dg at 02:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | Book | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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