2014年05月04日

そこのみにて光輝く/青春は空中に放たれると、二度とそれを取り戻すことはできない

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綾野剛というモダンな男優と、良くも悪くもポジションの定まった池脇千鶴という女優、原作から最も脚色された役柄を与えられた“期待を集める若手俳優”菅田将暉、タイプキャストの香り濃い火野正平や高橋和也、加えて初見の監督であることやTV局のバックアップといった情報にいささか興がそがれていたし、熊切和嘉と製作陣によるインディペンデントの馬鹿力が成し遂げた『海炭市叙景』の成功を大切な記憶にしておきたいことなどあってなかなか腰が重いままだったのでけれど、近藤龍人がシネスコで撮っていることを知るに至り、どうにも捨ておけない覚悟を感じて観てきたのだけれど、申し訳ないがこれから腱鞘炎を起こすくらいに手のひらを返すと共に米つきバッタのように頭を下げることにする。これは『フローズン・リバー』や『ウィンターズ・ボーン』、『アニマル・キングダム』といった作品がそうであったように、強くて巧みで美しく他の何とも代えのきかない映画であり、たとえそれが半径5メートルの世界であったとしてもここまでたどりつけていない邦画は、そこに爆心を据える覚悟と能力が足りていないに過ぎていないことを口数少ないながら明らかにしてしまっている。以下、原作を含めいろいろと触れてしまうことになるので、少しでも気にとめていた人やワタシと同じような理由で優先順位を下げていた人は迷わない方がいいと思う。

原作で大城千夏(池脇千鶴)は、佐藤達夫(綾野剛)と知り合って間もない浜辺で、青春はとっくに終わったわ、と話す。口調について佐藤泰志は書き添えていないのだけれど、おそらく自嘲と倦怠の気味だったことはそこに至る大城家のささくれだって這いつくばる描写からも明らかで、確かに言えるのは千夏に青春と呼ぶことのできる甘美な彷徨の日々などなかったということである。では脚色にあたってなぜこれがセリフとして残されなかったのかと言えば、それこそをこの映画の主題とすべく全体に溶かし込んでいたからに他ならないように思う。ただ、明らかにしておかなければならないのはこれが青春との訣別という通過儀礼などでは到底ないことで、さきほど千夏について述べたように青春の季節すら与えられなかった人間が自分の成熟をいったいどこに見出すのか、という営みそのものを焼き付けるべくこの映画はのたうちまわっていたのだろうと思っている。だからここには救済を求める物欲しげな視線などどこにもないし、おそらくそんなものをはなからあてにしてなどいない。原作ではどこか守護天使のような無垢で描かれた拓児(菅田将暉)は、10歳ほど年令を下げて脚色されることで青春が目の前で引き剥がされる役目を背負わされるのだけれど、拓児はそれを自ら行う決意を示すことで人生を手なずける諍いにほんのわずかながら勝ちをおさめたように描かれるし、結末で千夏と達夫が互いに向き合って立つ時間の穏やかな明るさこそは二人が苦闘の末に手に入れた瞬間であり、それが可能であることを告げた映画の勝利に他ならないのである。そしてそのことは、窮屈で熾烈な状況の中でもはや通過儀礼としての青春をあてにすることのできない年代への、役に立たない青春など捨ててしまってさっさと先に行けばいいという静かなエールでもあるように思われると共に、佐藤泰志が隠そうともしなかったルサンチマンを可能な限り普遍で解きほぐした上であえて血抜きをした脚色と演出の意志だったのだろうと考える。それぞれがそれぞれの解釈で突き進んでいるようでいて、全体としては非常に抑制の効いたアンサンブルを獲得している演技陣はその意志に完璧に応えているし、中でも菅田将暉は『共喰い』とは真逆にナイーヴを脈打たせることにより映画の心拍を刻み続けて出色だったように思う。近藤龍人のシネスコは、そこに感情を横たわらせて深々と呼吸させるにおいて不可欠な選択であり、達夫と千夏が絡み合うシーンでほぼ全身丸ごとの息づかいが刹那をいっそうせきたてる様や、砂浜において2人の距離を無言で説明する時の密やかな奥行きは顕著に奏功した瞬間だったと思うし、千夏を乗せて中島(高橋和也)が運転するベンツが山道を往く時のまるで『アウトレイジ』のような群青色の不穏も確実に忘れがたい。また、祭りの夜には良くないことが起きるというATG的な伝統の踏襲にはどこか懐かしさすら覚えたりもしていっそう記憶が覚まされる。ところで達夫の部屋の人生の余禄を投げ出したような殺風景にも関わらず、そこにミニコンポがあったことは気づいただろうか。作中では言及されないけれどそれで再生されるのはエリック・ドルフィーである。佐藤泰志がエリック・ドルフィーに見つけたものや託したものを今こうして考えてみるいろいろとたまらない気持ちになるのだけれど、だからこそ、それら魂の変遷がこのような傑作と呼べる映画を生んだことを心の底から喜んで感謝したいと思っている。
posted by orr_dg at 22:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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