2014年04月13日

オール・イズ・ロスト〜最後の手紙/孤独の王がいくところ

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オフィシャルサイト

この男=OUR MAN(ロバート・レッドフォード)は、自分のヨットを所有できるくらいには経済的成功を収めている。それがゴードン・ゲッコー的サーチ&デストロイによって成し遂げられたのかどうかは不明ながら、遺書めいた手紙には、私は正直で強く思いやりと愛をもって正しくあろうとしたけれどそれはできなかったし、そのことをきみたちがいろいろな局面において知ったことは私も知っている、すまない、といった悔恨が連綿と綴られている。彼自身の功罪を裁くのがこの映画の本意ではないとはいえ、彼を襲った災厄を引き起こしたコンテナが積んでいたのが東南アジアのいずれかで生産されたアメリカのナショナルブランド製品だったのであろうことや、その後で今度は巨大なコンテナ船がこの男の心をへし折ったことなど考えてみれば、彼の経済的社会的成功が固有のグローバリズムに因っているであろうことを想像するのは邪推とは言えないだろうし、そうやって世界のバランスを傾かせる行為に加担した男のまとった成功の外皮を一枚ずつタマネギの皮でもむくように剥ぎ取っていった時、最後に残されたこの男の核心は世界に何を見出したのか、というのがまるで『オープンウォーター』のようなラストとその反転に込めた監督の真意かと思っていたのである。すべてを世界に差し出すことを償いにでもするかのような静謐のうちに沈んでいくこの男に差し出された救いの手は、お前は一人で勝ち進んで一人で世界にけりをつけた気でいただろうが、この一本の手ですらがお前を生かすことも殺すことも可能であることを、この期に及ぶまでまったく知る由もなかっただろう、そしてどれだけの無数の手がお前の人生を支えてきたのか考えたこともなかっただろう、と告げていて、それを啓示のごとく体験したこの男についには救済が施されたのだと感じたその瞬間、スクリーンはフレアのような白色に包まれた後で暗転するのである。このフレアが朝日の光だとしたらどうだろうか。真夜中の救出劇のすべてが、したためた手紙を瓶に入れ海に投じた後で横たわり目を閉じた彼の見た夢だったらどうだろうか。この男が目を覚ますのは救出された船上ではなく漂流する救命ボートの上だったらどうだろうか。監督はそう簡単にこの男を家に帰すつもりはないのではなかろうか。そう考えてみればみるほど、この映画が『マージン・コール』に続く“アメリカよ、お前はもう詰んでいる”シリーズの寄る辺なき第2章にしか思えなくなってくるのである。ケヴィン・スペイシーが墓穴を掘り続けるように、ロバート・レッドフォードも六分儀で現在地を測り続けるのであり、J・C・チャンダーはそうやってアメリカの煉獄を描き続ける人なのだと思ったのである。突然電波を受信した無線機に向かって語りかけるシーン、長い間の孤独で誰とも言葉を交わしていなかったせいで声が詰まって出てこないほんの一瞬をさえ描き加えたレッドフォードの、監督のヴィジョンにおそろしく精密に反応し続ける意志に、まるで自分が太陽に灼かれるかのようにうなじのあたりをちりちりとさせられてワタシは戦慄した。
posted by orr_dg at 15:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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