2013年09月22日

エリジウム/「俺達には、俺達しか味方が無えんだ」

エリジウム
オフィシャルサイト

この映画を、というかニール・ブロムカンプを信用しないわけにはいかなくなったのは彼が批評の皮肉や諧謔に逃げ込む気など一切ない真顔を隠しもしないからで、こうやって彼は彼の「蟹工船」をこれからも撮り続けていくのだろうということが確信できただけで、もう十分である。それどころか、そのShit the FutureとしてのプロレタリアSFに血の証しを供えるために、マックス(マット・デイモン)は自らの肉体をガジェット化するという刹那的なアイディアの片道切符的実践を果たすわけで、マックスがドロイドの頭部を引きちぎった瞬間、インプラントなしで直接肉体にねじこまれたボルトやビスがどんなふうに筋肉の繊維や血管を掘削していたのか、その破壊の様相を想像するだにうっとりとしてしまっていたのである。また、クルーガー(シャールト・コプリー)の得物が日本刀であったことからしても、スキンヘッドの後頭部に直接マウントされた神経接合ユニットがまるで辮髪に見えるのもおそらく意図的なのだろうし、そうやってどこかしら汎アジア主義的な突破口を転覆の手がかりにしていることもニール・ブロムカンプへの一方的な肩入れの言い訳にしてしまいたいと思っている。本当に酷いことは闇に乗じてすら行われないのだという、すべてを白日の下にさらすやり方は前作から一層の円熟を魅せて、特にヴィークルが人間のいる風景にワンカットで収まる時の圧倒的な質量による現実感は、かつて実寸のスピナーが頭上を越えていったシーンの陶然とするアップデートに思え、正直言ってこれらを観るためだけにお金を払っても惜しくはないくらい見世物として他の追随を許しておらず、何だか『パシフィック・リム』のモヤモヤがあらためて頭をよぎったりもしたのである。確かにプロットの穴はあるし、鷹揚に構えていたワタシですら?がよぎった瞬間は一つや二つではないけれど、次から次へと舞い上がる宝石のような鉄くずに心を奪われていたらそんなことをいちいち気にしている暇などないように思うし、アレに関しては所詮張りぼては張りぼてでしかないことの証明でいいのではなかろうか。ワタシは良しとし続けた。ところでどうしてこれがPG12になっているのかと思ったらおそらくは人体破壊のシーンによっている気がして、中でも手榴弾で吹っ飛ばされたクルーガーのご尊顔はなかなかの出来映えで、思わずOgrish.comであるとかモーターサイクル男(自分で書いといて何だけど絶対ググらない方いい)といったあたりを懐かしく思い出したりもした。また、マックス・バリーの「機械男」を読了していればエクソ・スーツとその活躍についてはピンと来まくりだったはずで、今作を観たアロノフスキーがいったいどんな気分でいるのか、知り合いだったら聞いてみたくて仕方がないところである。2度目はヴィークルの墜落シーンを特に注力して観察しようと思う。
posted by orr_dg at 21:48 | Comment(0) | TrackBack(1) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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