2012年11月12日

ゲットバック/我と来て遊べや新宿どぶ鼠

ゲットバック
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身から出た錆が発火を呼んで尻に火がついたニコラス・ケイジがニューオリンズの街を途方に暮れた眉毛で走り回るといえば、今年の夏にさしかかる頃に何だかそんな映画を観たような気がするわけで、寅さんでさえ盆と正月にしか観られないというのに今年既に3本目のケイジ・ムーヴィーである上に、それがマックG製作総指揮によるサイモン・ウェスト監督作品とくればいかように見誤るべくもない、笑って許して系アクション映画の王道をゆく安心設計のソツのなさはその潔癖性において攻撃的ですらある。言ってみれば世の映画全てが局面を変えることに腐心していたら、そもそも局面って何だっけ?と立ち尽くしてしまうのが道理なわけで、ならばオレは局面を変えない映画を撮ることにするわというのもまた立派な宣言であるし、ワタシのさして変わり映えしない終わりなき日常とつき合ってくれるのは実のところこうやって埋め草に殉じてくれる笑顔であることを思えば、こんな風に気安く肩を組める映画のある幸せを噛みしめるべきなんだろうと思う。とは言えそれを可能にしているのは局面を抑え込んでいるニコラス・ケイジのブラックホールのごとく底無しの記号に他ならず、ニコラス・ケイジがスクリーンで車をぶつけたり車にぶつかったり銃で撃ったり撃たれたり娘を溺愛したり娘に毛嫌いされたり、駈け上がった階段の高さの分だけは必ず真っ逆さまに落っこちたり、俺は言うほど悪いやつじゃないと微笑む側から手ひどい裏切りを受けたり、そんな風にニコラス・ケイジが泣いたり笑ったり怒ったり困ったりしている間、世界は進化も退化もせず凪のように立ち止まっているのである。そうやってエントロピーの縛りから解き放たれた真の自由と無秩序をワタシはニコラス・ケイジの中に見つけて、今作であれば95分の間、世界の理に向かってワタシまでもが唾したような爽快と快哉を我がモノにしているのである。したがって金塊1000万ドルをおよその金相場4500/gで計算するとだいたい180kgになるわけで、それを女性ですらホイホイと引きずったり放り投げたりしていたことや、そもそもあんなイージーに金塊が強奪できるなら最初からそうしとけば良かったじゃんとか、あるいはその大暴れスキルからすれば取引に応じる振りをして受け渡しの場で仕留めれば済んじゃう話だよなとか、そういうのはまったく些末な問題でしかないのはわかっていただけるだろうか。といったところでちょっと筆を滑らせてみると、この界隈の新規参入者であるジェイソン・ステイサムにワタシが絆されないのは、彼はあくまで諸先輩たちが誰にも頼まれないままに過ごさざるを得なかった濃密すぎる生の駄賃としてなけなしで受け取った諸行無常やハッピーサッドな空間を間借りしているにすぎないからで、帽子をかぶってハゲを隠しただけであっというまに壁の花と化した『ロシアンルーレット』など観るにつけ、キミについては一度ズラ・デビューしてから出直してきたまえという気分であって、記号と大根を勘違いしている内はいつまでたっても小僧っ子のままであることを肝に銘じて精進してもらいたい。今作が新宿ミラノにかかっていると知って、大スクリーンでケイジというまたぞろ美しい無駄を堪能しに向かってみればなんとミラノ3での上映という、目の前で建造が進むデススターの恐怖についにミラノも正気にかえってしまったかと少々落胆したのだけれど、そこはそれ転んでもただでは起きないのがミラノであって、通路側の席に埋もれていたワタシの視界に飛び込んできたのは足元の通路を横切る一つの小さな黒い影で、まさかのナイト・イン・ザ・ラッツである。シネパトスですら目にしたことのないホット・ラッツである。そんなリンダリンダな夜にあらためてわかったのは新宿ミラノもまたエントロピーに抗っているのだということで、ならば東急レクリエーションは社運を賭けてTOHOデススターに立ち向かい、結局はイウォークが銀河系最強となったように正義を達成していただきたいと思う。あまり役には立てないが多分ワタシは味方のはずである。
posted by orr_dg at 19:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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