2012年07月31日

FUJI ROCK FESTIVAL '12@苗場/7.27 Fri

FRF20120727
※THE STONE ROSES@GREEN終演後

雨の降らない驚きの前夜祭から半信半疑のままカーテンを開けてみれば信じがたいほどの青空で、ゴアのジャケット持たずにホテルを出るのもえらく久しぶり。日焼け止めなんかも塗ったりしてまるで夏のようじゃないか。ただ、快晴がもたらす苦痛も知っているので何事もほどほどにと願ってみれば、じゃあいったいどうして欲しいのだお前はという我ながら面倒くさい客ではある。

THE TROJANS@FIELD OF HEAVEN
とか何とか言いながら汗のしたたる日射しの中、HEAVENでザ・トロージャンズが刻むスカにカルカン猫まっしぐら状態で一気にモード修正。文句は一切言わないので、今年は暑いやつでお願いします。そして願いは聞き入れられた!聞き入れられ過ぎた!

DJANGO DJANGO@WHITE
結局ザ・トロージャンズをフルステージ見たので途中参加。金曜の真っ昼間からホワイトにしてはけっこうな客入りで、失敗した絞り染めみたいなTシャツに膝丈パンツ、ブロンドの短髪で揃えた4人のキャンプっぽさはいなたいヴァンパイア・ウィークエンドって感じなのかと思いきや、各々が気ままに紡いだように聞こえるレイヤーの波紋が重なった瞬間に弾けるのはあくまでもポップソングの閉じた楽天性で、ワタシはアルバム未聴だからスタジオでこれをどうやってたたんでるのかわからないけれど、何かに似てるようで似てない感覚の目眩まし方には素直に乗っかってみようかなという気分になる。系譜としてはGomez〜The Beta Bandの末裔ってところか。当たり前だが褒めてる。

THIRD COAST KINGS@WHITE
ワウギターのカッティングに鋭角的でストイックなホーンのリフがまるで70年代クライム・ムーヴィーの劇伴のような冷熱の狂騒を生んで、スタートから約20分の間サックス2本とトランペットとトロンボーンが入れかわり立ちかわりリードを取ってノンストップのまま走り続け、ああこれはまたとんでもないバンドがいたもんだと感銘を受けていたところに突然白い燕尾服のヴォーカリストが登場したもんだから、もしかして今までのこれ全部ウォームアップだったのかと更なる感銘を受けようと身構えたところが、なんだかダイナマイトなシンガーとそのバンドという普通のソウル・ショーになっちゃって序盤のマジックが見当たらなくなってしまったのである。となれば、フルステージ見るとオレンジのメタルボックスに間に合わないなとやきもきしていたところだったので、これ幸いと中座。ソウル演歌の湿り気で急に汗かきな音楽になっちゃったのがとっても残念で、1時間あの調子でやられてたらおそらく身動きとれずにメタルボックス遅刻してた。

JAH WOBBLE & KEITH LEVENE – METAL BOX IN DUB@ORANGE COURT
IN DUBと謳ってるわりには、ああキース・レヴィンのギターだな、ジャー・ウォブルのベースだなと至極真っ当な感慨を抱ける程度には端正なアレンジで、このままインストで押し通すんだったらもう少し遊んでくれてもいいのにと思い始めたところで、やおら謎のマスクマン登場。クソ暑い中、出来そこないのルチャのように素っ頓狂なマスクをかぶって(被らされて)ヒョウ柄のロングコートを着た若者が、何らかのヴォイス・トリートメントは施されてるにしろメタルボックス・ライドンの声色で”POPTONES”あたりを歌い出し、ここに至ってこのオッサン2人が何とも悪意のあるショーを目指していることが分かり始める。ジョンが自分たち2人をオミットしてPILを再起動したのがムカついて仕方がなく、ただそれは必ずしもお金のことだけではなく取り分をよこせと言うことで、俺たちのアイディアがなければメタル・ボックスが成立したかい?という当てこすりにしか見てとれず、しかもキース・レヴィンはビートルズのTシャツ着て笑顔ふりまくわ、ジャー・ウォブルはパイプ椅子に座ってベース弾いてるわと、キミたちそんなに怖い顔しなくてもオレ達これくらいいつでもできちゃうからさ!とでもいう、才能と時間の無駄づかいを嬉々としてやって見せるわけで、それが愛にしろ憎しみにしろ未練たらたらなのは自分たちの方であることが周知になろうと、そういうことはもうどうでもいいんだという大人げのなさと、にもかかわらず客が欲しがってるものに少し色をつけてちゃんと放ってくれるという点でショーとしても文句ない上に、そうした大人の事情に巻き込まれてしばしば所在なさげな偽ライドンが見せる一瞬の寂寥を含め、他人事ゆえの無責任を囃し立てるのが愉しくて仕方がない。もう気が済むまでやればいいと思う。

ERNEST RANGLIN@FIELD OF HEAVEN
密やかに艶っぽいジャズのトーンに時折切り込むとっぽさはストリートワイズの洒落っ気か。撫でまわしてしなだれかかりながらも毅然と譲らず、こういう音をにこやかな笑顔のうちにひり出せる人生を尊敬する。バンドもえらく手練れだし、ライブ音源がDL販売でもされたら速攻で買って日々の透き間に塗りたくりたい。

で、思ったよりも早い内からGREENが密集し始めそうなので、本日の目的であるローゼスに備えて早めに移動することに。そのあおりでGOSSIPやLOS LONELY BOYSはチラ見にとどまったのがもったいない。ローゼス前のBEADY EYEはと言えば、ワタシはオアシスへのロイヤリティが皆無なものだからリアムにしろノエルにしろどういうストーリーを描いているのかさほど興味がないのだけれど、オアシス曲と自前の曲の愕然とするくらいの落差と、それでもオアシスの曲を終盤の追い込み時に突っ込んでくるサービス精神、というかおそらくは気の小ささには痛々しさすら感じさせるし、リアムも含めそもそもバンドがひとつも楽しそうではなくビジネスの消化に徹しているようなのが、これも一つのモンキービジネスだねえと野次馬としては言いたい放題なのであった。

THE STONE ROSES@GREEN
「バンドなんて思春期そのものじゃん」と吐き捨ててバンドをブレイクした某ベーシストがいたけども、ローゼスの不幸はその思春期のまま急速かつ永遠に凍結されてしまったことにあるわけで、それがもたらした伝説が世界になじみ始めた頃に届けられた2ndの青春と老成が同居したような袋小路に、今さらそんなこと言われてもと戸惑った感覚は同時代のリスナーなら程度の差こそあれうなずけるんじゃなかろうか。だから今回の再結成はまずは自分たちが置き去りにせざるを得なかった思春期を解凍して弔ってやることが目的であるように思えるから、ワタシ達との新たな共同幻想を獲得する気分は今のところさほどないように思う。当時、ローゼスがやろうとしていたのは(どこまで意識的だったのかわからないけど)音楽スタイルというよりは飛び地を横断する手法としてのヒップホップが可能にする「サマー・オブ・ラブ」の再構築にあったような気がして、当時のローゼスに呑み込まれた記憶というのは音楽的な衝撃と言うよりは正体不明の昂奮の真ん中にローゼスがいたという発見によっているように感じるから、当時のRO周辺で渋谷陽一の世代とそれ以降の世代とでは「これただのバーズじゃねえか」「ああもうあんたはあっち行っててくれ」という乖離があったことなども憶えている。で、どうしてこうグダグダと益体もない文章を書き連ねているかというと、今のローゼスに演奏のあれこれをあげつらうツッコミをしてもまったく意味がないということで、4人がステージに揃うことを条件に少しずつ返済されていく時間の記憶が放つ光と熱が確認されさえすればそれ以上望むものは特にないのである。そうした意味では期待をはるかに上回るステージで、できればすべてがチャラになるまではこれを続けていって欲しいなと思う。
posted by orr_dg at 21:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | Live | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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