2012年07月03日

アタック・ザ・ブロック/嘘から出たまことを映画という

アタック・ザ・ブロック

『クリッター』のスラップスティックを『ウォリアーズ』のタフネスが次第に喰いつぶしていく、ガイ・フォークスの夜に果たされた血と涙の通過儀礼。責任と覚悟を両輪にすることでしか真の自尊心は勝ち得ないという人生の掟を、仲間の死を贖うように我が身に切り刻むモーゼスの造型およびそれを演じたジョン・ボイエガが共々にハードボイルドな眼差しをつきつけて気がつけば易々と映画を支配している。基本的に大人は全くあてにされておらず、唯一の成人メンバーであるサム(ジョディ・ウィッテカー)にしたところで、ペスト(アレックス・エスメイル)「で、あんた彼氏とかいんの?」サム「いるわよ」「ほんとかよ、だったならなんでこんな夜にあんたをほっといてんだよ」「彼は赤十字のボランティアでガーナの子供達を世話してるのよ」「は?だったら何でイギリスのガキを助けねえの?でもあれか、それじゃエキゾチックじゃねえし、いい具合に日焼けもしねえしってとこか?」ってな感じでまぜっ返されて押し黙るの図で明らかなように、これは既に身ぐるみひっぺがされた後の世界に生まれ落ちた少年少女達が、何とか自分たちで修復したなけなしの世界(=団地)を死守するために身を寄せ合って攻防する闘いの物語であるから泣いて帰る家などどこにもあるはずがなく、闘いに敗れた少年はあっさりと死ぬのである。少年だろうと何だろうと平等に死ぬのである。そしてその死の理由を知っているからこそモーゼスはビルドゥングスロマンとしてはあまりにも分が悪くピカレスクとしての分け前すらない跳躍をすることで、その名前(MOSES)と自己犠牲の精神において今にも事切れそうな世界に神話を注入してみせることになる。そして言うまでもなく『スーパー8』に欠けていたのはこの神話であり、神話を求める切実で闇雲な手探りであったのだなあとあらためて思わざるをえない。そうしてみるとエドガー・ライト周辺に共通する、手を伸ばせ、悪あがきをしろ、ダメでも笑えというメッセージがことのほか有効なことに気づかされるし、少なくともこの映画においては主人公たちと同年代の彼や彼女が観て前のめりになるのが一番幸せに映るから、何とかして中学生あたりを引っぱり込む手だてはないものかなあと思ってる。すれっからしばかりが喜んでも仕方がない、これは彼らのものだよ。
posted by orr_dg at 01:17 | Comment(0) | TrackBack(1) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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