2012年04月08日

ルート・アイリッシュ/戦争の豚たち

ルート・アイリッシュ
オフィシャルサイト

それがどんなにタフで残酷でシビアな状況を招こうと、“まなざし”という語感のやわらかさにも似た慈しみを持ち合わせていたケン・ローチがここでは明らかにとりつくしまのない視線で終始睨みつけている。その視線の先に何があるかというと戦争の罪深さを踏み抜いたさらなる底でどす黒くうごめく欲深さに対してであって、具体的には戦争を世界市場として展開するグローバル経済のグロテスクな洗練への異議申し立てである。すでに戦争ですらない破壊と殺戮のパッケージ化には当事者としての国家が掲げる大義や幻想はすでに跡形もなく、イラクの市街戦がリヴァプールの街角に出前されたかのように急襲や拷問が行われることもその一環として可能なのである。ファーガス(マーク・ウォーマック)はレイチェル(アンドレア・ロウ)をきみは現実を知らないと言って責め立てるのだけれど、その現実とは現地イラクに構築された血と銃弾を原料に金を吐き出す戦争プラントという名の制御システムのことで、我々が日々を過ごすようにそこを現実として自らの一部を託したファーガスは、自分がそこで狂ってしまったことに気づいている点でレイチェルの世界でも既に狂ってしまっていて、その最期の選択はオレはもう両方を道連れにするしかないんだという哀しくも正しい自己認識によるものだから、こうした内罰が場合によっては断罪の色合いを帯びてしまうかもしれない点でケン・ローチの映画としては収まりが良くないかもしれないけれど、その違和感こそケン・ローチが伝えたかった緊急で切実ゆえ不協和音を伴う告発なんだろうと思う。『グリーン・ゾーン』にしろ『ハート・ロッカー』にしろ所詮は帰る国のあるヤツらの泣き言に過ぎない上に、無理矢理プラントを建設されたイラクの人々とそこに出稼ぎに来る労働者の上前をはねているという自覚すらない愚痴であるという突きつけの捨て身は、その切っ先が下から上へ向かっている点で寓話としては極めて優秀だった『4デイズ』ともまた異なった刺さり方をしているように思うので戦い方の一つとしてぜひ確認しておくべきだし、そして何より娯楽として復讐と悔恨の物語をきちんと成立させている上、アクションで主導しながらも最後には貌で魅せてしまうマナーの品格にも揺るぎがない。製作から日本公開まで少々ラグなどあり、舞台としてのイラク戦争は既にタイムリーでないように思えるかもしれないけれど、劇中でも吐き捨てられるようにおそらくダルフールでも同じことが繰り返されているはずだし、今後も絶えず起こりうるであろう最悪な物語の存在を知っておくべきであるように思う。
posted by orr_dg at 03:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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