2011年08月17日

PUBLIC IMAGE LIMITED@新木場STUDIO COAST 2011.8.15

20110815 PIL

1983年サンプラはチケットを取りながらややこしい事情で観に行けず、これが人生初ライドン。ブルース・スミスと一緒だっていうしサマソニでの評判も上々みたいだから一度くらい観ておこうかなって程度で当日券入場してみれば、2時間超のステージを完璧に支配したパフォーマーとしてのジョン・ライドンに圧倒された驚愕のステージ。気ままに歌いとばしてれば済んでしまうピストルズと違って、このバンドの場合はヴォーカリゼーションのデリケートなアレンジもシビアに要求されてしまうわけで、それをごく当たり前のように終始こなしていく姿は間違いなくプロフェッショナルのそれであったし、しかもそれをエンターテインしつつ同時に白熱化していく姿には自分が導き出したかつての解答への責任感も溢れていて、ああ、この人は何ひとつ忘れていなかったのだなあと感動すらしてしまったのである。そしてジョン・ライドンのそうしたアグレッシブな意志をバックアップするバンドが強力で、ブルース・スミスは言うまでもなく、特に "POPTONES" "ALBATROSS" "DEATH DISCO" "MEMORIES" といった『METAL BOX』のトラックで顕著なキース・レヴィン以上にキース・レヴィンらしい神経症的なフレーズは、完コピとかいう矮小な決めつけを軽々と超える熱量に終始あふれていたし、"RELIGION II" 後半では明らかにジャー・ウォーブルの残影を蹴り出すようにジョン・ライドンは「もっとベースを上げろ、もっとだ」と煽りまくって、風さえ吹いてきそうな爆奏低音には鼻血が出るかと思ったよ。ロックのエクスペリメンタルな局面ということで言えばポスト・パンク以降の道筋をつけたのは明らかにこのバンドの初期3枚のスタジオアルバムと1枚のライブアルバムなのは間違いないし今さらワタシ風情が語るのもおこがましいけれど、この夜に心底驚いたのは、本当にごく自然に当たり前のごとくその道筋の果てにジョン・ライドンとバンドが立っていた事で、そうやってかつて正しかったものが変わらず正しくあることの美しさが目に焼きついたステージではその首謀者が満面の笑みで手を振っていて、つい数時間前とのワタシ自身の温度差に苦笑いしながら一生懸命手を振り返してみたりしたのである。そしてそもそもこのバンド名自体が、いつも本質から少しズレたところで勝手に見失ったり勝手に発見したりして騒ぎ立てるワタシのような世界の住人に向けた宣戦布告でもあったのだなあと今さらながら思い至り、家に着いたら『孤独な餓鬼道』(北村昌士がジョン・ライドンについて記した非常に秀逸なテキスト)を久しぶりに読み返そうなどと思いつつ、帰りの有楽町線でうつらうつらしたのであったよ。
posted by orr_dg at 01:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | Live | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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