2011年06月14日

さや侍/あちらとこちらで抜き差しならぬ

さや侍
オフィシャルサイト

不確定要素としての野見さんをベタな決めごとに放り込むことで偶発を誘うやり口は、言い方は悪いけれどそれはもう動物映画に近いわけで、おまけに映画の主導権を握るのは子役となれば、いわゆる「子供と動物には勝てない」という映画やテレビの通説を弄んでみせたのだと思いたい。そうやって、自分を拒絶しつづける“映画的なるもの”に全力で辛辣な悪ふざけと逆襲をしているのだと思いたい。そしてそのとどめとしてのラストの遺書読みは、結局キミらはこんなんでも泣いちゃうのかな?という底知れぬ皮肉なのだと思いたい。だからこれがすべて額面通りなのだと言われたら少しワタシは困ってしまうし、遺書読みは素直に泣くところだと言われたら、いやでもその連綿と読み上げたあれこれを光と影に置き換えたのが映画という説明の芸術なんだと思ってるんだけどなどと言ってしまうかもしれないので、とりあえずはワタシが思いたいように思っていようと思う。ああ「道」をやりたかったのかな、もしかして。ちなみにカステラを持って行くシークエンスは、あれだと殿様にも若君にも何が起きているかまったく見えないと思うんだけど、そういうのはいいのかなあ、いいのか。
posted by orr_dg at 22:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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