2021年07月23日

プロミシング・ヤング・ウーマン/たったひとつの冴えたXXかた

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オフィシャルサイト

※未見の方スルーを強く推奨

ポール・カージーでもハーレイ・クインでもない、カサンドラ/キャシー・トーマス(キャリー・マリガン)は“極めて前途有望な若者”だったからこそ、キャシーをキャシーたらしめるその豊かな知性と細やかな感情が、傾いだ世界の矯正係として送り狼を狩りたてるハンターへと彼女を仕立てたのだろう。しかし、復讐の呪いと狂気の快楽の間を危うく行き来しながらそのどちらにも喰われてしまうことなく、内部の激情を倦怠に隠しながら綱渡りするキャシーのメランコリーは、ほとんど崇拝といってもいいニナへの思慕というよりはサヴァイヴァーズ・ギルトのそれにも思われて、自罰の証明としての実質的な自殺とそれによってアル・モンロー(クリス・ローウェル)をニナへの供物とする究極のトラップをキャシーに発動させたのが、一度は彼女を救済するかに思えたライアン(ボー・バーナム)にすらぬぐえない男性性の歪みであったことを考えてみた時、むしろキャシーにとってそれはグリーン弁護士が言うところの啓示だったのではないかと、山奥でたった一人灰となって土に還ったキャシーにそよぐ風の静謐が、ようやく訪れた彼女の安寧を祝福した気もしたのだ。しかしこの物語は、カサンドラ・トーマスというかつて前途有望だった一人の若い女性がなぜああして人生の幕を閉じねばならなかったのか、その最期の日々を描いたのはもちろんのこと、それを追うことで施される呪いの話でもあるわけで、ダンスフロアで男たちが踊りくるうオープニング、カメラはその男たちがチノパンに隠す下半身を執拗にクロースアップし続けて、これはお前らとお前らがそこに隠すそれにまつわる物語であってできればあたしはそのすべてを無効化したいと考える、というキャシーの宣戦布告であったことが時を追うに連れ忘れがたく付いて回ることとなる。そしてキャシーの最期を見届けた今、ワタシたち男に刻印されたのは、自称いいやつ(I am a nice guy)はわるいやつ(a bad guy)というシンプルにして強力な呪いであり、その無自覚で無邪気な傲慢によって自身をa nice guyにロンダリングし続ける男たちの罪深さを知れば知るほど、キャシーが放ったこの呪いが彼らの悪性を晒していくのだろうことを考える。エメラルド・フェネルが手がけた『キリング・イヴ』のシーズン3とケイト・ショートランドによる『ブラック・ウィドウ』が共に放蕩娘の帰還と過去の清算であったことを思ってみれば、世界の自浄をあてにしない勢力が既に破壊から再構築に向けた新しいフェーズに足を踏み入れた気もして、この風が追い払った雲の向こうに広がる光景の輝度と硬度をワタシは待ちわびようと思うのだ。この映画の鏡像として『狩人の夜』を映しこむ目配せも芳しく、おぉとなって息を少し深く吸った。
posted by orr_dg at 14:59 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする