2021年04月15日

ザ・スイッチ/振るか拭くかがちがうだけ

freaky_01.jpg
オフィシャルサイト

2人だけになったロッカールームで、獲物を品定めするブッチャーの目つきをミリー(キャスリン・ニュートン)のモーションと受け止めて、ほんの一瞬たじろぎながらも「あら、あなたがそうならわたしはかまわないわよ」とそれまでの高慢ちきなガードを緩めるライラー(メリッサ・コラーゾ)や、いきなりジョシュ(ミシャ・オシェロヴィッチ)にキスをしては黙ってろよとすごむジョックなど、いずれブッチャー/ミリーに血祭りにあげられるとはいえアルファなスクールカーストの抱える憂鬱をさらり匂わせつつ、ジョシュやナイラ(セレステ・オコナー)をもはやマイノリティの揺らぎを一切必要としないキャラクターと据えることで、ミリーを含めた白人こそを寄る辺のないモブとする構図を組み立てた2020年の最新型によるストレスフリーの清々しさが、ある種ミリーの復讐譚ともいえる下剋上の痛快を蹴り上げながら駆け抜けていく。ブッチャー(ヴィンス・ヴォーン)が帰還するラストシークエンスで彼の言う「お前の体に入ってみて、なんでそんなにお前がみじめで弱っちいのかよくわかったよ」というセリフによって、ブッチャー/ミリーが血祭りにあげる相手が必ずしも手当り次第ではなくミリーの天敵リストの上位ランカーであったその理由が、ミリーの潜在意識の為せる業であったことは言うまでもないのに加え「死んだオヤジの思い出にしがみついてるせいでお前はそんなに惨めったらしいんだろ?酔っぱらいの母親のいいなりでお前の人生もどうしようもねえもんだな、まあいいさオレが叩き直してやる」とブッチャーが続けた瞬間、ケスラー家のキッチンではブッチャーを父親とする疑似家族が束の間できあがることとなり、ならばとミリーと母コーラ(ケイティ・フィナーラン)、姉シャーリーン(ダナ・ドロリ)が力を合わせてブッチャーを撃退することで、ケスラー家の女性たちは亡き父親の呪縛をようやく解いてみせたように思ったのだ。と書いてみると何やら再生と自立の光差す物語のように映りはするものの、冒頭から金持ちの坊っちゃん嬢ちゃんが切り刻まれるポップなゴアは、ミリーを虐めることに生きがいを燃やす木工教師(アラン・ラック)とブッチャー/ミリーの対戦における、スピリットはスラッシャーながら肉体は脆弱なままのブッチャー/ミリーが不敵なガッツで教師を血祭りにあげるその姿に喝采を叫ぶ瞬間をピークに、どうせブッチャーのやったこととして処理されるなら、片っ端から漏れなく殺っちまいなと肩入れするそのテンションでスラッシュするリフが最後まで煽りつづける、お仕着せでないラストガールの後ろ姿にはディアブロ・コディの『ジェニファーズ・ボディ』を思い出したりもしたのだ。黄金期がない代わりにシルヴァーとブロンズを鈍色に飾り立てるヴィンス・ヴォーンが、お望みとあらばとにこやかなサンドバッグになって新しいやり方をバックアップしている。
posted by orr_dg at 14:07 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする