2019年11月27日

ゾンビランド ダブルタップ/生きてるだけじゃダメかしら

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オフィシャルサイト

リトル・ミス・サンシャインmeetsアドベンチャーランドへようこそ的な前作の残り香はほとんど見当たらず、というかマイケル・ルーカーをウディ・ハレルソンにあてがったような『ウォーキング・デッド』って実はどこかでオレのアレに背中押されてるよな?ってルーベン・フライシャーがニヤついたかどうかはともかく、どうせ刺身のつまにするならここまでやれよってな風に、ゾンビをほとんど飛んでくるハエの扱いへと解体するため映画の基準線をブリングリングなマディソン(ゾーイ・ドゥイッチ)に設定した喰えなさ加減に、やはりこの監督に『L.A. ギャング ストーリー』みたいな“喰える”映画は向いてないことを自ら証明したように思ったわけで、今どきのイデアやらメタファーやらに捉まることなく最後まで見事にかわした逃げ足は称賛されてしかるべきだろう。なかでも特筆すべきは、メインの4人の中で前作からの10年の間に一番遠くまで行って還ってきたエマ・ストーンの一瞬たりともとどまることをしない顔芸で、隙あらば余白にそれを撃ち込んでくる反射神経は最近では松岡茉優に同じ香りを嗅ぐ気もするわけで、ジェシー・アイゼンバーグのノーブレスなまくし立てがやや頭打ちであったことを思えばこそ、鼻につくモード寸前にまで一気に切り換えるそのスイッチに恐れ入ったのだった。もはやロメロの新作が望めないこの世の中でゾンビが生き長らえていくための方策としては『ウォーキング・デッド』よりもむしろこちらに未来と誠実を感じたりもするのは見事な仁義を切ったオープニングがあればこそで、ゾンビを屠る快感を抜きにした真顔でジャンルへの愛情表現は語れないことを今一度作り手は肝に銘じておくべきだろう。ゾーイ・ドゥイッチは母親のイメージもあって『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』のベヴァリー的にカジュアルなエマ・ワトソンが道筋かと思っていただけに、ここでのイージーゴーイングなピンキーは思いがけない役得ではなかったか。2019年にしていまだ尽きないNINJAへの憧憬もまたモンドセレクション金賞受賞のめまいする趣き。
posted by orr_dg at 03:40 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする