2019年11月17日

グレタ GRETA/待つわ

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オフィシャルサイト

※展開に触れています

クイーン・オブ・オブセッション、もしくは暗黒妖精としてのイザベル・ユペールという、その怪優のエッセンスだけを抽出し続ける試みの、あまりにもあまりで誰もが頭から振り払ってきたそれをただひたすら衒いなく行ってみたらどうなるだろうと考えて、実際に行ってしまった二―ル・ジョーダンの英断と言うか蛮勇を讃えるべきで、監督やキャストの映画史的な格からハイブロウな神経戦を装いつつも、むしろサスペンスの徹底した底の抜け具合にこそこの映画の本領があることは、例えばマイケル・マイヤーズがすべての警官やヒロインの理性的な行動を無効化してしまうことを想い出してみれば、それが瞭然なのは言うまでもないだろう。相対する誰よりも小さな身長と曖昧な頭身の醸すイザベル・ユペールの不穏が、これまた年を重ねるにつれそのいかり肩に攻撃的な角度を増すクロエ・グレース・モレッツとクロスするスリルと、しかしこの映画を最終的に縦断していくのはファンキーでタイトなマイカ・モンローであったという女性たちの『ピアニスト』vs『キャリー』vs『イット・フォローズ』な三すくみに加え、探偵(スティーヴン・レイ)やフランシスの父(コルム・フィオール)といった男性陣の役立たずにおいて、二―ル・ジョーダンらしい小さくも固く引き締まった握りこぶしの物語であったように思うのである。と同時にらしからぬトリッキーで多層なショットはニール・ジョーダンが秘めたヒッチコック〜デ・パルマへの偏愛であったのか、前述した底の抜け方がこれらへの前奏であったと思えばこそワタシは重箱の隅をつつく一切をしないでのある。ではモンスターとしてのグレタを打ち倒すラストガールの役割を誰がどのように担うのか、その三すくみの力関係においてクロエ・グレース・モレッツの善性よりはマイカ・モンローのエッジーを買ったニール・ジョーダンのアップデートされた嗅覚はさすがであったというしかないにしろ、と同時にクロエ・グレース・モレッツ受難の時代をうっすらと予感させたりもして少々切なくはあったのだ。イザベル・ユペールを観るたびに大貫妙子が俳優だったらなあと益体のない夢を見たりしていたのだけれど、やはり今回もそんな夢を茫漠と見てしまったりもした。ノーブルで毅然と悪魔的なハチドリの視えない羽ばたきをする人の笑み。
posted by orr_dg at 18:26 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする