2019年11月06日

ジェミニマン/おまえもウィル・スミスにしてやろうか

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オフィシャルサイト

※通常フォーマットで鑑賞したので、映像面での評価はまるで反映されていません。

初期アン・リーの父殺しならぬ父助けの三部作を嗅ぎつけてのオファーであったのか、父の救済という視点による父子関係というアメリカ映画ではなかなかスイングしにくい題材ではあるのだけれど、序盤のヘンリー(ウィル・スミス)とダニー(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)の会話におけるダニーと父親の関係や、息子のやらかしで学校に呼び出される担当官パターソン(ラルフ・ブラウン)の父親としての顔を物語の本筋とは別にそっとインサートすることで、この映画の骨子が父子の変奏にあることをアン・リーはサブリミナルのように埋め込んでいく。のだけれど、いつしかそんなサブテキストなどおかまいなしにヴァリス(クライヴ・オーウェン)とヘンリーによるジュニアをトロフィーとする父親レースが国家を巻き込んだ陰謀を巻き起こしていくわけで、ほとんどジュニアの意向などおかまいなしに父親面をしては説教をかます2人の鬱陶しさを味付けするにあたり、それをアン・リーに託した製作陣はその点においてそれなりに慧眼であったのか、俺はまだまだお前になんか負けないぞ、なんなら今ここで競走してみるか?ほら!とかいうラストの小芝居を見るにつけ判断は保留せざるをえないものの、あくまでウィル・スミスなりにではあるにしろしばしば遠い目などしては枯れた風な味わいなど漂わせていたし、傷を負ったジュニアを自ら手当てするヴァリスの撫でるように柔らかな手つきに歪んだ愛情を塗布するあたり、この映画が『ラ・シオタ駅への列車の到着』と化してしまわないための艤装はあちこち見てはとれたように思うのである。通常であればロマンス要員であったであろうダニーも、すでにヘンリーの愛情がジュニアに注がれているとあってはジュニア奪回のためのパートナーとして敬意を払われた上で銃弾を食らったりもするわけで、放っておくと独り者ヘンリーのメランコリーがウェットにまみれがちになるところを彼女のドライな馬力が程良く湿気を吸い取っていた点もアン・リーの的確な采配といっていいのだろうし、それに文字通り体を張って応えたメアリー・エリザベス・ウィンステッドこそがこの映画のMVPに相応しいのは言うまでもなく、ハードな追跡劇を繰り広げる最中、それが不可欠であるにも関わらずこの手の映画で飲食が描かれることがまずない中で(イーサン・ハントが何かをパクつくシーンを見たことがあるだろうか)、湿気たクラッカーを親の敵のように貪るダニーの姿に、何からは分らないながら救われた気分になったのだった。『ヴァレリアン』に続いて余白のある悪役となったクライヴ・オーウェンだけれど、いったんこの枠にはまりだすとメインから遠ざかる気もしてしまうのが、野卑とノーブルとを兼ね備えた大好きな俳優なだけにやや心配。それにしても、愛息へのなりふりかまわぬ親バカっぷりといい善き父親への強迫観念でもあるのではなかろうかというウィル・スミスへの皮肉めいたキャスティングを知ってか知らずか、そして父になるヘンリーを味わい尽くすような笑顔で演じる姿に、ジェイデンの内なる無事を祈らずにはいられなかったのである。
posted by orr_dg at 22:54 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする