2019年07月05日

スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム/青春の光と糸

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オフィシャルサイト

『ホームカミング』で揃いのTシャツを着たクラブの面々の中、ひとり白けた顔つきでMJ(ゼンデイヤ)が読んでいたのがモームのビルドゥングスロマン「人間の絆」であったことを思い出してみれば、今作の終着点がロンドンであったことはすでに予告されていたような気もするのである。モームは人生の意味を問う主人公に、ペルシャ絨毯にその答えがあると告げてみせていて、言ってみればこれはピーター・パーカー(トム・ホランド)がその答えを手にするまでの物語ということになるのだけれど、自分は何者なのか、ヒーローなのか、ヒーローになりたいだけの少年なのか、そもそもヒーローとはなんなのか、という青い魂の彷徨を、かつて『コップ・カー』で泣きべそでは解決しない世界のことわりを時速100マイルで超えていく少年の意地と涙を燃やしたジョン・ワッツが、『ホームカミング』ですらが前奏であったかのようなパワーコードでぶち抜いていく。『スパイダーバース』におけるディケンズの「大いなる遺産」やMCUスパイダーマンにおけるモームの参照が、互いに計算されたデザインであったのかシンクロニシティであったのか、いずれにせよ語り手たちはこれらユニヴァースが現代の長編小説として、観客、特にティーンエージャーのピーター・パーカー世代の人生とその世界を照らす灯りとして機能することを望み、その責任を正面から引き受けていたように思うのである。今作においてスパイダーマン=ピーター・パーカーは、大人にならなければ正しい道を知ることはできないという、大人たちがかけた呪いを解くためにヒーローであることを受け入れるわけで、そうやって父殺しという通過儀礼をもはや必要としない水平な世代の風通しと見晴らしを新たなMCUのフェーズとして宣言してみせたのではなかろうか。いまだトニー・スタークに囚われた日々のアイアンスパイダー・スーツから、闇の中でさまよう漆黒のナイトモンキー・スーツを経て、泣きながら目を醒ましたピーターが最後に選んだスーツの鮮やかな赤と青のコントラストこそが、アイアンマンとキャプテン・アメリカの遺志を受け継いだそのサインであったことは言うまでもないだろう。そしてそのご褒美はと言えばまるでジョン・ヒューズなスパークリング・キスなのだった。シュワッ!てね。
posted by orr_dg at 20:55 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする