2019年07月01日

X-MEN : ダーク・フェニックス/気ままな神の作りし子ら

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オフィシャルサイト

これまで幾度となく目にしてきた、話が口ごもった時のジーン・グレイ頼みを思い出してみさえすれば、その彼女を主役に据えた時点でとっくに口ごもってしまっていることがうかがえたし、ではいったい何をそんなに口ごもってしまっているのかと思えば、それはおそらくチャールズの鬱陶しさって金八先生に通じるところがあるよねといううんざりと投げやりだった気もするわけで、劇中で8歳のジーン・グレイと出会った時のチャールズ(ジェームズ・マカヴォイ)に被せられた中途半端なロン毛カツラといなたいジャケットがかつての武田鉄矢のようであったのはただの偶然というわけでもないだろう。そしてこのチャールズこそがブライアン・シンガーその人であったことを忘れずにいてみれば、倦怠と猥雑とタナトスゆえの生命力を発揮することで一瞬息を吹き返した『ファースト・ジェネレーション』でそれを牽引した不埒なセックスマシーンとしてのエリック(マイケル・ファスベンダー)を『フューチャー&パスト』『アポカリプス』と徹底して追い込むことで、非現実の王国版「3年B組金八先生」(以前は「ビバリーヒルズ青春白書」かと思っていたけれど)に心血を注いだブライアン・シンガーの功“罪”が浮かび上がってくるわけで、今作で目にする去勢されたエリックの無様はその最たるものであった気もするのである。スケバン(ジェシカ・チャスティン)にそそのかされる問題児ジーンに捨て身で向き合うチャールズの人生訓話にコロッと改心するクライマックスの昭和感は、丸腰で火中の栗を拾わざるをえなかったサイモン・キンバーグがどのみち溺れてしまうとはいえ溺れる寸前につかんだ藁であったのだろうし、歴史と併走するコンセプトなどという難題を背負わされたことで、X-ジェットで宇宙に行けるテクノロジーを所有しながらスペースシャトル計画を生温かく見守るチャールズたちのいけすかなさを回避することもかなわなかった不幸も推して知るべしということになる。結局はX-MEN迫害と内ゲバの歴史をブライアン・シンガーのルサンチマンがのっとってしまったことで、ブライアン・シンガーのコンディションがそのまま映画のクオリティを左右してしまう不幸が最後までこのサーガにまとわりついて離れなかったように思うのである。まるで、ハリウッドから葬られ消えていくブライアン・シンガーの怨念がX-MENを道連れにしたかのようで、彼にとっては有終の美であったと言えるにしろである。
posted by orr_dg at 12:23 | Comment(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする