2019年04月10日

バイス/おまえはなにをして来たのだ

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リン(エイミー・アダムス)に説教をくらっている間、顔にたかったハエを払うこともしないまま身じろぎ一つせずにいるディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)の、リンに対する絶対的な忠誠心がそのハートへと打ち込まれた1963年の朝がすべての始まりで、トランプもブレグジットも元をたどればここに行き着くことになる。このシークエンスでリンの野心については出どころが明かされるものの、これが彼の伝記映画であるにしては、1963年のディック・チェイニーを育んだものはなんだったのか、何が多すぎて何が足りなかったのか、といった背景が描かれることはないまま、リンの最後通牒によって覚醒したこの日をアダム・マッケイはチェイニーの生まれた日としたのだろう。そしてチェイニーはラムズフェルド(スティーヴ・カレル)のタガが外れたスピーチを聴いて、ああ、これが許されるならこの世界は俺にも可能だと顔を小さくほころばすこととなり、自分が得意なのは相手が食いつくに違いない疑似餌を選んでおびき寄せては釣り上げる言うなればだまし討ちで、そんなことを繰り返していれば当然嫌われて敵も増えるに違いないにしろ、ここがその釣果だけが問われる世界ならば俺はかなり上手くやっていけるだろうと確信し実践した結果、リンに応え愛されれば愛されるほど世界からは忌み嫌われていくというその図式が鉄面皮で沈思黙考する怪物を生み出して行くこととなる。してみるとラスト近くで唐突に第四の壁を壊したチェイニーが「私は喜んであなたたちに仕えてきた。あなたたちが私を選び、私はそれに応えたのだ。」と語りかけてくる、らしくない言い逃れにも響くそれは、これこそが民主主義という終わりなき実験の証なのだ、というアダム・マッケイの注意書きであって、チェイニーをラスボスにして公開処刑したところで世界は後戻りするわけではないことをその後で真のラストとして付け加えたことに明らかなそれは「いっそう混乱するばかりの世界の中で、わたしたちの生活を一変させてしまう強大な力のことなど気にもとめず目の前ことしか気にしなくなっている。」という冒頭のナレーションへと再び引きもどすことになるのである。とはいえある時期におけるチェイニーの全能感はおそらく想像を超えていたに違いなく、自分たちにたてついた外交官の妻がCIAの秘密工作員であることを「リークしろ」と吐き棄てるたったそれだけのシーンが1本の映画(『フェア・ゲーム』)として成立するほどの事件(プレイム事件)をやすやすと引き起こしてみせるわけで、瞬間的にはほとんどサノスであったとすら言えるのではなかろうか。ここから派生する映画としてはマット・デイモンがイラクに大量破壊兵器(WMD)を探す『グリーン・ゾーン』があって、今作でジェシー・プレモンスを歩兵としてイラクに送り込んだのは計算ずくだろうと思っている。
posted by orr_dg at 01:33 | Comment(2) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする