2017年04月17日

グレートウォール/プリティ・イン・人力パンク

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オフィシャルサイト

チャン・イーモウ率いるカラー・アーミーが天よりつかわされたお仕置きモンスター軍団と万里の長城を舞台に激突する、血湧き肉躍り笑いが漏れるレジェンダリー印の予期せぬ怪作。すべての局面において合理性よりはケレンのわが物顔が受け流され、通りすがりの名義貸しウィレム・デフォーは言うまでもなく、おそらくはチャン・イーモウまでが金を湯水のように使う愉悦にどこかしら正気を失ってしまっているように思えて、どこまでも行き先知らずの意気軒昂なのである。いったいそれが何の役に立つのか甚だ疑問ながらすべては燃えるか燃えないかの二択で決定され、見目麗しき長槍バンジージャンプ隊や戦慄のジョギリ・ショック装置といった、どれだけ言葉を尽くしてもその脱力と滾りのシェイクを語ることは不可能なアクションがつるべ打ちされることになるのである。唯一の良心マット・デーモンはと言えば、やるだけのことはやってやろうという決意の下、絶叫マシーンの乗客のような陶酔と解放に身を委ねた挙げ句アンディ・ラウとのツーショットですら冗談にしか映らない愛と幻想のエクスプロイテーションを実践し、そこに『緯度0大作戦』におけるジョゼフ・コットンの憂鬱は欠片もなかったように思うのである。言わずと知れた世界の七不思議である世界遺産を国策としてアピールする絶好の機会でありながら、いくら何でもアホすぎると当局が判断したのかどうか万里の長城での撮影がまったく許されなかったというエピソードも大変に好ましく、全力で間違った場合それは正解たりえるという映画の不思議をあらためて痛感したのである。これをチャン・イーモウの歴史スペクタクルだと思って観に行った客はバカにするなと怒るだろうし怒る気持ちもわからないではないけれど、それはかつての角川映画に対してマジメにやれと叫ぶ野暮と同じであることだけは理解していただきたいと思う。20年以上前のノスタルジーに汲々とした退行SFよりは、“目の前の人生を素手でつかむ(byフランシス・ベグビー)”狂騒にワタシは乗っかっていきたい。仕事人トニー・ギルロイの名すら見えていた。
posted by orr_dg at 16:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | Movie/Memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする